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令和の曙に見つけた、平成のJazz・Live事始め (平成Live映像 発掘記) 本日の作品;vol.143  [デジタル化格闘記]

平成から令和への改元を迎え、多くの人が10連休の恩恵に預かった今年のゴールデン・ウィーク。

私も、中1日の出勤はあったものの、珍しく9日間の休みをとることが出来たのですが、仕事柄、元来、平日に数日間の休みを取らなければならなく身、そうしたことから、こうした時期、どこへ行っても人ばかりでわざわざ疲れに行くようなもの、こんな時あえて人ごみの中に出掛けることはない、また人の少ない平日に行けばいいと、実家に行き、亡くなった父の遺品の片付けをすることにしたのです。

そうしたところ、出て来たのが古いVHSビデオテープ・デッキ。
ちゃんと動くのかと状態を見たところ、どうやら問題はなさそう、我が家のデッキは壊れてしまったしということで、家に持ち帰りさっそく、我が家のAV機器と接続、仕舞ってあったビデオ・テープの中から手に触れたものを内容も確認せずに取り出し視聴したところ、綺麗に再生できたことに一安心、ところが、そのビデオの収められていた映像、それを良く見てみたところ、そこに収録されていた内容にビックリ!!

なんと、それは、当時富士山の麓にある山中湖の湖畔で毎年8月に行われていたマウント・富士 ジャズフェステバル、それの1989年(平成元年)開催の映像だったのです。

このフェスティバル、1986年に始まり、ジャズの名門レコード・レーベルBlue Noteレコードに所縁のアーティストによるジャズの祭典として2004年まで続いていたものなのですが、よりにもよって平成から令和に変わったばかりの5月の1日に今から30年も前の平成元年の映像が出てくるとなんて!!!。

ましては、1989年のこのフェスティバルは、Blue Noteレコード創業50周年を記念するとういう一つ時代の区切りなるものだったというのです。

改元の偶然だけでなくジャズ史の面からも貴重と思えるこの代物との唐突ともいえるその出会いに、ただの奇遇とは言い切れない何か運命的必然性が宿っているように思え、これは何としてデジタル化し残さねばならないと、それまでやっていた自宅に持ち込んだ荷物の片付けもそっちのけにして、さっそくその作業にかかることにしたのです。

mt fuji jazz festival 89.jpg


そして作業完了、大いなる期待を胸に視聴してまず感じたのは、このフェスティバルに出演したアーティストの顔ぶれの豪華絢爛さ。
Chick CoreaやGeorge Adams、Ralph Peterson等といった、ちょうどこの時期に制作したスタジオ・レコーディング作品が高い評価を受け、時代の潮流として活躍脚光を浴びていたアーティストの面々が日本の誇る美しい富士山麓の自然の下に、集結したと言ってもいいほどの凄さ。

忙しくスケジュールを合せることがかなり難しいと思われる面々が万障繰り合わせ、遠く離れたこの極東の地に集結していたということにまず驚き、ここで彼等がいかなるプレーを繰り広げたのかそのことに大いに興味をそそられて、全編を腰を据えこの30年前の饗宴の鑑賞することにしたのです。

そして視聴の結果は!!
さすが名だたるアーティストの饗宴、レコード・CDには残されていないアーティストの顔合わせによる演奏やこのフェスティバルでの再会を喜ぶその様子などが見られるなどその内容の豊富さ、そして演奏自体の質の高さに釘付けの状態となり、あっという間の2時間を過ごすことになってしまったのでした。

とにかく、どのアーティストの演奏も、この時期高い評価を受けていたスタジオ作品の出来を凌ぐ良質なものだったと感じたのがその感想、これは一人だけで楽しむだけではもったいない。

やはり、これは多くの人に見ていただかねばと考え、デジタル化作業に加え今回はそのLive映像の一部をUpすることいたしました。


最初の演奏は、親日家でも知られ、このフェスティバルにも、1989年までに開催された4回のうち3回に来日出演をしていた、40年の長き渡りジャズを牽引し多くの有能プレヤーを世に送り出してきたジャズ界の大御所的存在となっていたドラマーのArt Bleakyの演奏から、ご覧いたくことにいたしましょう。
 
曲は、Bleakyといえば”Mornin'”思い浮かべる方も多いかと思いますけど、フェスティバルと言えば欠かせない、それに並ぶ彼の名曲!!

”Blues March”からお聴きいただくことにいたしましょう。











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北欧の地に降臨した熱きバップの息吹;Jackie McLean ・The Meeting 本日の作品;vol.142  [デジタル化格闘記]

桜は満開を迎えたというのに、また冬に戻ったのではと思われる寒さに襲われることもあった今年の4月(卯月)。
おかげで例年なら、その見ごろ儚く短いもので、日々日常に追われ気付いたときには既に散ってしまっていたという思いのある桜の花も、今年は長い間、花を散らすこともなく、春の幕明けを彩り我々の目を楽しませてくれたものでしたが、そうしたこと思い出しながら今を見つめてみると、早いもので月はまもなく5月。

特に今年4月は平成も終わりの月ということなのか、この時期に来てようやく陽気の方も落ち着きみせ始め、暖かな陽射しが降り注ぐ日々が毎日続くようになった昨今、こうした情勢が訪れると、どういう訳か聴く音楽の方も元気でパワフルなものが欲しくなってくるもの。

そこで今回は、3月に紹介したKenny Drew作品を聴きながら記事をしたためた時に脳裏をかすめた、もう少し暖かくなってから聴いたなら、あらためてその良さの神髄がわかるのではと感じた、 Drewが参加したこんな作品を選ぶことにしてみました。

jackie mclean dexter gordon the meeting.jpg


それがこれ!!
アルトサックス奏者 Jackie McLeanの1973年の作品”The Meeting ”です。


本作は、1940年代末期に登場、Miles Davis、Charles Mingus、Sonny Clark、Mal Waldron等、50年代を代表するアーティストと共演、その彼等と共にこの時代を代表する数々の名作に数々の足跡を残してきた50年代を代表するアルト。サックスプレーヤーのJackie McLeanが、1968年に一旦活動を休止した後、72年にカム・バックを果たした直後のデンマーク、コペルハーゲンにあるクラブ モンマルトルでのライブでの彼のプレーを収めたもの。
相対するメンバーとして、一足早く欧州に渡り新境地を切り開き、当時脂の乗り切ったプレーを展開していたバップ期を代表するテナーサックス・プレーヤーのDexter Gordonや、そのGordon同じく60年代にアメリカより欧州に渡り在住、このライブの行われたデンマークはコペルハーゲンにあるクラブ モンマルトルのハウス・ピアニスト的存在になっていたKenny Drew、そしてその相棒であるデンマーク出身のベーシストNiels-Henning Ørsted Pedersen等、最良のメンバーに囲まれて、なんら縛られることのない欧州の空気の中で思う存分自分たちのジャズ、華やかなりし往年バップを歌った作品がこれなのです。

といいながらこの私、そもそもこの作品を手に入れたのは、McLeanやGordonのプレーが目当てではなく、コペルハーゲンに移ってからDrewのピアノが聴きたかったためで、しかしながらその当時は、サックスが2本フロントを飾る編成のサウンドはあまり好みではなくむしろ苦手としていたことから、Drewのピアノは聴き良いなあと思ったものの、演奏の大半を占めるサックスのプレーが小うるさく感じられてしまい、この作品、その後はとうとうじっくりと聴かずじまいでこれまたお蔵入りにしてしまっていたものなです。

さて、そうした経緯で久々に聴いたこの作品、その昔小うるさく感じた二人のサックス・プレイ、アルトとテナーの違いはあるも、共に硬質な音色でどちらかというとゴリゴリ吹きまくる印象のこの二人、私のいいかげんな記憶の中では、互いに煽りまくり白熱の余り自己を顕示するかのようなオーバー・ブローに陥ってしまい、聴かされる側としては、しまいにシラけてしまう、そうしたものであったように思っていたのですが、あらためて耳を澄まして聴いてみるとさにあらず。

McLeanもGordonもソロに入ると次第にヒート・アップして行き、かなり熱きサウンドを放っている様が聴き取れるのですが、そこでオーバー・ブローに陥ることなく互いに自己の持てる技を駆使しして真正面からぶつかり合っている、そんな様が聴こえて来たのです。


というところでその演奏、ここで耳傾けていただき、その真偽、確かめ味わっていただくことにいたしましょう。

曲は、”All Clean”です。








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Be BopとCoolの融合;Dizzy Gillespie:Stan Getz・ For Musicians Only [音源発掘]

200年ぶりとも言われる天皇陛下生前譲位を祝うかのように満開となった桜の季節に発表された新しい元号”令和”。
そうした、命はぐくむ春の訪れと共に告げられたこの新しい時代の名前に、何かわくわくとしたものを感じる今日この頃ですが、今回も当ブログ、これまでに引き続き、”その昔聴くも、長い間我ライブラリーに眠ってしまっていた作品”発掘”のお話。

今回選ぶことにしたのは、新年早々拝見させていただいたログ友さんのStan Getzの記事からの教示を受け、もう一歩踏み込んでこのGetzというアーティストを聴き語てみたい思い、いざ語ろうとしたところ、考えてみると私がこれまで聴いて来たGetzの作品というと、60年代ボサノバで一世を風靡してからのGetzの作品が中心で、それ以前のものは余り真剣に聴いていなかったことに気付き、これでは語るには片手落ちと茫然。
やはり何か語る以上ボサノバ以前のGetzもしっかりと聴かねばということで、ライブラリーの奥底に眠っていたボサノバ以前のGetzのワン・.ホーン作品や、Verveレコードの残した数々のセッションを聴きあさり、なんとか語れるようになった中、これはと思ったのがこの作品。

Dizzy Gillespie For Musicians Only.jpg


モダンジャズの礎を築いた巨匠の一人としてその名を知られるトラペッターのDizzy Gillespieの1956年の作品である”For Musicians Only”。

「これ、Stan Getzのリーダー作品じゃないでしょう。」と思われるかもしれませんが、この作品を選んだのは、50年代のGetzをいろいろ聴いてみて、彼がリーダーとして吹き込まれた諸作品、確かにビ・バップの後を受けて生まれたクール・ジャズの旗手として、甘い美しい音色で知的なサウンドを奏でるその演奏は、柔らかく穏やかなやすらぎを感じさせてくれるものでありながら、それだけに終始せずソロで見せる類まれな感性のこもった心地よさを伴うそのサックス捌きの見事さは、どれも聴き語るに値するものがあると思えるものの、Verveレコードにおける既にクールの後を受け誕生したバップの洗礼を浴びた黒人ミュージシャンと白人である彼とのセッションでは、そのソフトなフィーリングの輪郭を保ちながらも、それに力強さとスリリングな音の交差が加わり、彼のリーダー作品にはなかった凄みが感じられたところに惹かれてしまい、選ぶなら、Verveレコードの作品の中からと考えるようになってしまった次第。

そして中でも選んだこの作品、パワーとスピード感溢れるジャズとして、現代ジャズの扉を開いたビ・バップ・ジャズの名曲が収められているだけではなく、ビ・バップ・ジャズの旗手である巨匠Gillespie とクール・ジャズの旗手Getzとの融合が、新しいビ・バップ・サウンドを生み出、現れたように感じ、この作品をチョイスすることとに相成った訳なのです。

それでは、そのBe BopとCoolの融合、早速、聴き始めることにいたしましょう。
曲は、そのものズバリ”Be-Bop”です。







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紆余曲折の末、見つけた己が道;Eric Clapton・461 Ocean Boulevard [音源発掘]

その昔、聴くも我ライブラリーに長い間眠ってしまっていた作品、今年になって、これまで3作を聴きこなし語ってまいりましたが、今回も引き続きそうした作品のお話。

今回の作品は、これまでの取上げた3作が全てジャズの作品であったことから、3月ともなり陽気もだいぶ良くなってきたこともあり、ここで元気を蓄えようと選ぶことにしたのは、ロックの作品。

それは、日本でも大きなヒット作となり、私的には余り好みスタイルではなかったサウンドなれど、巷から聴こえてくるその音に、このまま聴かずにいては流行に乗り遅れてしまうとGetすることにしてしまったもの。

Eric Clapton 461 Ocean Boulevard.jpg


その作品が、ギターの神様として、洋楽に疎い方々にもその名を知られるEric Claptonの1974年発表の第2作目ソロ作品のあたる”461 Ocean Boulevard”。

今でこそ、ギター抱えてのソロ活動が定番となっているClaptonですが、この作品が発表された1970年代前半は、英国のロックギタリスト三聖に一人としての評価を確立した、あの伝説のロック・バンドCreamやそれ以前のJohn Mayall & The Bluesbreakersのギタリストとして その時のプレーに対する熱狂の余韻が色濃く残っていた時期で、多くのファンが彼のギター・プレーの呪縛から逃れられず、その興奮の渦を期待する中、ほとんどそれ行わないCream解散以後の彼の活動には、それらファンにおおいなる落胆の思いを抱かせることになってしまっていたのです。

そうしたファンの風潮、私もそのご他聞に洩れず、Creamの大名盤”Wheels of Fire”のLive面における彼の凄まじいギター・プレーすっかり洗脳されてしまっていて、以来長きにわたりCream以後のClaptonの良さがわからずじまいのままでいたのでした。

その私が、ソロになってからの彼の良さをほのかにわかるようになったのは、TVで放送されたロックの名盤の誕生の顛末を記録紹介したドキュメント番組を見てからのこと。

その番組で取上げられた作品は、The Policeの”Reggatta de Blanc(白いレガッタ)”、Fleetwood Macの”Rumours(噂』)”Jimi Hendrixの”Electric Ladyland”など、ロック史上欠かすことの出来ない名盤が取上げられ、それぞれが各1時間の枠で紹介されていたのですけど、その中でも、私に記憶に深く印象が残ったのが、The Band”The Band”という作品。

というのも、このThe Bandのこの作品に大きな影響を受けたアーティストとして、ClaptonやあのGeorge Harrisonが登場して、二人してこの作品を共に絶賛、さらに、これが自分たちのやりたかったサウンドだと語り、その言葉から私自身、二人がソロになって制作した70年代半ば以降の作品には、土の香りするのカントリー・ブルースの色合い濃いサザン・ロックの要素があったことを思い出し、そのことから、そのサウンドが彼等の究極の憧れであったということをあらためて認識させられたからでした。

そして、60年代後半、即興演奏による激しいバトルによりロック界に大きな衝撃をもたらしたCream時代のClapton、しかし、その解散前のステージでは、他のメンバーサウンドに没頭陶酔状態であった中、Clapton自身はめた目でヘキヘキとしながらその状態を見ながら演奏いていたと、後年語っていたことを思い出し、Cream解散後は、一時自分自身の道を見失ったのか、麻薬に溺れ心身ともに荒んだ状態なったものの、その後、アメリカに渡り Delaney Bramlett等とDerek and the Dominos を結成し再起の幕を開けたことを考えると、そこには、サザン・ロックの祖とも言われるThe Bandの存在が大きく影響していると思えるようになったのです。

さて、こうしてサザンロックの道を歩き始めたClaptonのこの”461 Ocean Boulevard”、こうしたことを踏まえて聴いてみると、最初に作られた”Derek and the Dominos”のまだ荒削りな感じがしたそのそのサウンドは、ここでははさらに洗練され、Claptonのヴォーカルもかなり上達の後が見える辺り、この作品こそが、真の意味での現在につながるClaptonの出発点といえるので作品ではないかと思えるようになって来たのです。


それでは..............、ここで1曲。
この作品から、まずは、そうしたThe Bandを中心としたサザン・ロックのと血脈を感じる、”Motherless Children”を聴いてみることにしたいと思います。

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欧州で花開いた秘められた天賦の才・Kenny Drew:Everything I Love 本日の作品;vol.141 [デジタル化格闘記]

その昔、聴くも我ライブラリーに長い間眠ってしまっていた作品、今年はそうした作品にも光をあてるべく聴き直し、それを書き留めて行こうとこれまで3作品を取り上げ語って来ましたが、今回も引き続きそうして再発掘した作品のお話。

その作品、それはあるバップ時代に活躍していたとあるピアニストのピアノ・ソロ作品なのですが、若き日何気なく街に出て、時間つぶしにとたまたま目にし飛び込んだジャズ喫茶で耳にしたそのサウンドが、バップ時代のスタイルとは大きく異なっていて、その変貌ぶりにおおいに驚嘆、その帰り道にまだ発表されて間もないそのレコードを求め歩き、ようやくGet相成ったという、私にとっては自身の深い思い出があったもの

その作品がこちら.........

Kenny Drew:Everything I Love .jpg


1973年制作の Kenny Drew、欧州移住後の第2作目のリーダー作品となる”Everything I Love”です。

私にとってDrewというピアニスト、John Coltraneの”Blue Train”でそのプレイ接して以来、大のお気に入りなていて、この作品と出会うまで、1961年渡欧後 デンマークのコペルハーゲンに拠点としてその地にあるカフェ・モンマルトルのハウス・ピアニストとして生涯のパートナーとなるベースのNiels-Henning Ørsted Pedersenと、その時期、既に拠点をヨーロッパに移していたサックス奏者のDexter GordonJohnny Griffinのサイドマンとして共演したこれら作品を通して彼のプレイを楽しんで来たのですが、それとはまた違った印象のこのリーダー作品での彼のプレイ。

前者の作品では、50年代アメリカ時代のバップ・ピアニストとしての彼の元のスタイルとは違う、60年代主流となったBill Evansのスタイルに近づき変貌しつつも、どこかバップの余韻の名残が聴こえるものであったものが、このソロ作品ではさらに進化し、フランス印象派的クラシックの余韻を宿すものとなっていたことへの心地良い驚きのひと時!

そこでまずは、1曲。

私に、そうしたことを強く感じさせた楽曲から、新鮮な驚きをもって聴いた"Sunset" をお聴きいただきその心の余韻を感じていただくことにいたしましょう。




















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神の啓示に導かれて;Keith Jarrett・Solo Concerts: Bremen/Lausanne 本日の作品;vol.140 [デジタル化格闘記]

今回は、再びいつもに戻って音楽ネタ。

その音楽ネタ、今年は、年初めからこれまで我がライブラリー収めておきながら、そのまま聴きそびれてしまっていた作品を取上げ聴き直し、その感想とその作品まつわる私自身の思い出をテーマに書き留め行くという趣向で筆を進めているのですけど、今回も長い間私のライブラリーに眠らせてしまっていたこんなアナログ盤を掘り出し、また語って行くことにいたしました。

Solo Concerts: Bremen & Lusanne-m.jpg


その作品は、ジャズ・ピアノの巨匠Keith Jarrettの1973年の作品”Solo Concerts: Bremen/Lausanne ”。
アナログ盤では3枚に収録された大作である本作品、この作品が出た頃の私は、Keith のピアノが大のお気に入りで、彼の作品が発表されればGet、かたっぱしから彼の作品を聴き、Liveにも参戦するという状態だったもですが。

この作品も、リリースされるとすぐにGetしよく聴いていたのですが、しかしその後は、なんといってもアナログ3枚組、A面B面をひっくり返しながら2時間超、次第にそうしたことしながら音楽に没頭する時間もとれなくなり、以来30年以上、お蔵入り状態になってしまっていたものなのです。

そうした長い間忘れていたこの作品、それを思い出すことになったきっかけは、前々回の記事で取上げた益田幹夫のピアノ作品の”黒水仙”を聴いてのこと。

しかとした理由もなく、益田幹夫のピアノを聴いていたところ、その余韻の中にどういう訳かKeithのピアノの面影が浮かんできて、忘れかけていたこのソロ・ピアノ作品を思い出し聴きたくなってしまったというのがその顛末。

とは言え3枚組み2時間を越えるこの大作、聴くといってもどこでもというわけには行かず、持ち運び通勤の道中、電車の中で手軽に聴くことが出来ればと、音源デジタル化作業に取り掛かることとしたのです。

そうして30年ぶりに再会したそのサウンドは!!!



keith jarrett 50.jpg









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大都会に残された小さな自然の中の秋の営み 2018 [仕事の合間に]

いつもの音楽ネタは、今回は一旦お休み。

遅ればせながら、昨年の秋口に仕事の道すがら撮りためた秋の風景の写真を整理していたところ、昨年は遠出する機会は少なかったものの、思いの他季節の衣装を纏ったその土地々々の風景との良い出会いに恵まれたことに気付かされたことから、ここでその写真を見ながら思い出の記憶を辿りつつ、筆を走らせてみることにしてみました。


昨年は10月まで栃木・山梨を巡る仕事の旅が続き、久々に旅の空気の味わいを楽しむことが出来たのですが、それも11月に入ると一段落、以後は、都心周辺での仕事ばかりが続いていたことから、今年の秋は自然の空気に触れながらその深まりを楽しむことはもう出来ないなと思っていたところ、たまたま車で通りがかった東京、葛飾の水元公園で出会ったこの風景。

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駐車場に立つ、木々の季節を感じさせる色づき具合に、大都会を抱えるこの平地にもその季節の訪れを感じさせる空気があることを知らされたことから、今年はこの都会の喧騒の中に潜む秋の気配を探し歩くことを思いついたのです。


そしてそれから2週間後、「久々にちょっと上野辺りで集まり一杯飲もうや」という学生時代からの旧友の誘いに乗り、巧くすれば上野の山の季節の色合いも見れるかもと、約束時間よりかなり早めに出掛けることにしたのです。

京成電車に乗って、程なく京成上野駅に到着。
西郷銅像側から、園内に入り歩いてみたところ、やはり常緑樹ばかりのせいなのか、その気配は全く無し。
「ここは、桜は有名だけど紅葉の話はあまり聞かないしな」、と半ば諦め気分で西洋美術館の近くまで来てみると........。

DSCN0042m-1.JPG


薄っすらと秋の化粧支度を始めたような樹木の姿がそこに見えています。

もしかするとこの先、国立博物館の周辺は期待が持てるかもしれない、ならば江戸の昔、徳川将軍家の菩提寺として、または江戸の町の北方の守護寺として威容を誇った東叡山寛永寺の残り香を浴びながら、季節の空気に浸るのもまた良いのではと考え、そちらの方へと向かうことしたのです。

そして、出会ったのがこの風景。

DSCN0069m-1.JPG


そして、博物館を1周して旧東京音楽学校本館の辺りまで来てみると、

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ほのかに色づき始めた樹木の下、多くの人が秋の風情を楽しみながら歩いています。

中には、いくつも色彩に彩られた、こんな樹木も。

DSCN0087-1m.JPG


こうやって歩いてみると、上野公園というところ、歴史ある建物と季節の彩りとのコントラストが、日常を忘れさせてくれる、そうした空間を育む場所であることを、あらためて認識させられました。

DSCN0102-2km.JPG


上野公園の散策で得た秋の風情の手応えに、であれば今年は仕事の道すがら訪れるだろう都心周辺のいつもの場所でも、またいつもと違った風情を見つけることが出来るかもしれないと、日々さらに目を凝らして街を歩くことにしたのです。

そして、数日後........。


まず目にしたのが、この風景だったのでした ・・・・・・・×○△××□................。





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病を乗り越え生まれた心震わすピアノの美:益田幹夫・Black Daffodils (黒水仙) [音源発掘]

私の音楽探訪に旅、今年は、新年早々、例年になくこれまで耳にしたことのなかった作品を聴く機会に恵まれて、幸先良「早くもこれは!」 という、作品、一つならずして、そのいくつかのとの出会いを果たすことになってしまったのですが、今回は、その中でもさも気に入りよく聴いている作品のお話。

それが、この作品。

益田幹夫・黒水仙.jpg


日本のジャズピアニスト益田幹夫の1996年の作品”Black Daffodils (黒水仙)”。


しかし、益田幹夫というアーティスト、どう考えても今は、知名度の面ではいかがなのものかという存在で、その名を耳にしたことがないという方も多いのではと思いますが、しかし、このピアニストの事が忘れらず、私が彼のピアノを聴き始めて「これは!!!」と感じた1974年の初め頃から、気づいてみればそれから数えて今は、45年余り。
あの頃、世界に通じ羽ばたきその後世界のジャズをリードするアーティストとして、その動向を注目されていた日野皓正の作品”Journey Into My Mind ”を聴いた時に、その作品の中に2曲だけ収められていたクィンテットの演奏で聴いた、彼のスピリチュアルなピアノの響きがいたく新鮮で深く記憶に残ってしまったことから、今後注目すべきピアニストしてしっかりと記憶、心の内にしまっておかければと思ったのが、彼を知ったその始まりだったのです。


そうして出会った益田幹夫、彼のピアノに初めて興味を持ち始めて間もないその年に、日野皓正や峰厚介等、当時日本の一流どころを従えた、彼の初リーダー作品”Trace"を発表、そしてさらには、1975年に渡米、本場でのキャリアを積んでの後、1978年には渡辺貞夫Quintetに加入、そして次ぐ80年代には自己のバンドを結成と、私が最初に彼のピアノと出会った時に感じたその予感どおり、順風万歩の勢いで日本を代表するピアニストとしての道を着々と登り詰めて行くことになったのです。

しかし、1990年、20代から悩まされていたという感覚障害・運動麻痺を伴う原因不明の難病、多発性硬化症が進行、それによりそれまでの彼の順風万歩な流れは阻まれ、活動休止を余儀なくされことになってしまったのです。

そしてそれに再起をかけての長いリハビリ生活。
7年に及ぶ病との格闘の末、不屈の精神力でそれを乗り越え、彼は再びピアニストとしての復帰を果たすことになるのです。

実は、今回取り上げたこの作品は、その復帰後第1作を飾ったものなのですが、ここに聴けるのは闘病リハビリ前とその後との、彼のピアノの大きな表情・表現の変化。

それは、若き日の鋭くスピリチュアルなそうほうスタイル、そしてその後、闘病前のフュージョン的軽快さを有すスタイルから、一音々々を大切にしながらエモーショナルに歌いかける安らぎの奏法へのスタイルの変化。

この作品には、そうした境地に至った益田幹夫のピアノの美が凝縮されていて、それが聴く者の心にひしひしと伝わって来るそのことに、私自身すっかり魅了されてしまったのです。


それでは、そんな益田幹夫のこの作品、なんだかんだ言うよりも、ここで1曲味わっていただくことにいたしましょう。
曲は、”In A Sentimental Mood”です。








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2019年、今年の年初めはテナーサックスの響きから;Michael Brecker・Tales from the Hudson [音源発掘]

年末そして正月気分をほとんど感じることなく、あれよあれよと過ぎてしまった、私の今年の正月。
確かに仕事は方は、かなり忙しくなっていたのだが、これはいつもの事。

どうして、こんな気持になってしまったのわからないのですけど、すでに2019年となって早2週間、年初に日々前向きに過ごすことを誓ったことでもあり、そうしたことをいつまでもくよくよと考えるのは止めて、今はこの1年を災禍に合うことなく、無事に乗り切れるようひたすら英気を養っているところ。

そこで、今回はそうした英気を養うべく、ここのところ聴いて心身ともに新たな活力を得ているテナーサックス作品のお話。

それがこの作品。

Tales From the Hudson.jpg


Sonny Rollins,John Coltrane以降、さも大きな影響を残したテナーサックス奏者といわれる Michael Breckerの1996年制作の作品、”Tales From The Hudson”です。

私が、このMichael Breckerを知ったのは、彼のデビュー草創期の1970年初頭のこと。
当時、私は、それまでにはなかった、バンドにブラス・セクションを加えたロック・バンド、いわゆるブラス・ロックと呼ばれるそのサウンドに斬新なものを感じ、Blood, Sweat & Tears、Chicago、Chaseなどの音楽をよく聴いていたのですが、さらに新たなブラス・ロックのに触れたくて、そうしたバンドを探していたところ見つけ聴いたのが、まだデビューしたばかりのMichael Breckerの兄である、トランぺッターのRandy BreckerとMichaelが率いるブラス・バンドのDreamsだったのです。

まだ、フュージョンなどというジャンル名はなかった時代。
この当時、その中軸となっていたブラス・ロックバンドが、ロックにジャズやクラシックの要素を取り入れた新鮮なサウンドで人気を博したのですが、このDreamsは、ジャズの要素は強いもののそのサウンドは伝統的なジャズとはどこか違って(今なら、スムース・ジャズということになるのでしょうけど。)いて、このあたりにブラス・ロック サウンドとは一線を画すものだったということがかすかな記憶に残っています。
しかし、その彼らの音楽は、当時はあまりも斬新過ぎたのか、Dreamsとして、2作品を残すも大きな評判を残すことなく、いつの間にかシーンから消えてしまっていたのでした。

その後の彼等は、フュージョン・ロックシーンでセッション・ミュージシャンとして活動を続け、そして1975年にBrecker Brothers名義よる初の作品”The Brecker Bros.” を発表、さらに1978年に、フュージョンの傑作とされるライブ作品”Heavy Metal Be-Bop”の発表で一躍その頂点に立つことになるのです。

ところが、当時の私は、伝統的なジャズに傾倒していたこともあって、この二人のこうしたフュージョン界の成功ゆいてはあまり興味がなく、そのプレイを聴いてもさしたる新鮮味を感じられなかったことから、評価することはまったくなかったのでした。

その当時の評価外の流れ、どうやらそれは私だけではなかったようで、1990年代になってジャズ評論誌を読んだところ、そこにポスト・Coltraneを担うテナーサックス奏者は誰かと特集が掲載されていて、その記事によれば、ポスト・Coltraneを担うテナーサックス奏者として当時新進気鋭のテナー・サックス奏者として頭角を現していて来ていた、Joshua RedmanやBranford Marsalis、Ravi Coltrane等の名が挙げられているも、Michael Breckerの名はどこにもなく、その当時、そのアーティストを選定をした評論家の諸氏の間でもMichaelは過小評価されていることを知ったのです。

ところが、その1990年代になると当の私の方は、そうした彼への評価の間違いに気付き、どうして評論家先生たち、Michaelのを挙げないのだろうと思うようになっていたのです。
その原因となったのが、80年代の終わりに聴いた、シンガー・ソングライターのJoni Mitchellの79年に収録されたライブ音源作品”Shadows and Light”で、Pat Metheny, Jaco Pastoriusと共にバックを務めたMichaelのプレイ。
そこで聴いた彼のサックスには、Mitchellのフォークともジャズ・フュージョンとも一線を画すその独特なサウンドの中で、間違いなく伝統的なジャズの香りを漂わせつつ、そのサウンドと絶妙なバランスを保ち調和していたことが、大変印象に残り、Michael Breckerというサックス奏者について興味を覚えるようになっていたのでした。

そして、その後は機会があれば真摯な気持ちで彼のプレイに接するようになったのですが、その彼のサックスの凄味を思い知らされたのが、1995年のMcCoy Tyner の作品”Infinity”での彼のプレイ。
そこで彼は、あのColtraneの黄金のカルテットのピアニストとしてとして活躍した巨匠McCoyを相手に、堂々としたサックス・プレイで実に緊張感溢れるサウンド空間を創り出していたのです。

そのスケールの大きさと重厚感は、このMcCoyの”Infinity”の前作”Prelude and Sonata ”で同じくテナーサックスを担当していた、前述のポスト・Coltraneを担う若手テナーサックス奏者に選ばれ、№1の実力と評価されたJoshua Redmanのプレイと比べてもそれを遥かに超えるもので、そのプレイによりMcCoyのプレイも往年の輝きを取り戻した感じられるほどの、この時期もっとも偉大なテーナー・サックスとしての力を大いに見せつけるものだったのです。


そのMcCoyとの共演、今回取り上げたこの”Tales from the Hudson”の中にも2曲収められているのですけど、この作品ではさらにギターのPat Methenyが加わり、McCoyのピアノに内在する土俗的な雰囲気とPat の洗練されたナチュラルの相反した要素が、Michaelの存在によって見事に融合している様子を聴くことが出来ます。

それでは、評論家先生方もMichaelを見直したMcCoyとの共演、ここで1曲耳を傾けてみることにいたしましょう。
曲は、”Song For Bilbao”です。





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2018年!印象に残った作品 ジャズ・インストメンタル編 [音源発掘]

2018年も残すところあと僅か。
今は、なんとか年内に、2018年の印象に残った作品、その最終章にたどり着けて一安心と言うところ。

前回は、日本発の女性ジャズ・ヴォーカル作品を取り上げさせていただきましたが、今回は、同じジャズでもインストメンタルの作品から印象に残ったものを取り上げ、またお話を進めていくことにいたします。

前回は、私的思い出による印象作品の指向は強いお話となってしまいましたが、今回は、純に今年出会って強くに印象に残った作品を取り上げペンを進めることにいたします。

まずその最初の作品は、フュージョン系のアーティストとして登場したものの、元は本来のジャズのプレーに触発されて現在の地位を築き上げたアーティストの、伝統的ジャズの手法に回帰指向したとも言えるこの作品から、お話を始めることにしたいと思います.。

その作品がこちら、

Stolen Moments     Lee Ritenour.jpg


ギタリストのLee Ritenour 1990年の作品”Stolen Moments"です。

Ritenour といえば、一般的にフュージョン界の大物アーティストと言うイメージが強い人ですけど、かくいう私も、彼がデビューして間もない70年代半より、そのサウンドは聴き知りながらもフュージョンそのものというべきそのスタイルが気に入らず嫌悪し、これまで積極的に彼の作品を聴こうとはして来なかったのです。

ところが、今年の初め、TVで放映された昨年のワイキキにあるJazz Club、Blue Note Hawaiiでの彼のライブを偶然にも見たところ、フュージョンはもとより伝統的なジャズも演奏していて、特に伝統的なジャズの演奏は、名ジャズ・ギタリストWes Montgomeryの往年のプレーを彷彿とさせるものであった感じたことから、急ぎ私自身の中にあった彼への偏見を払拭して、そうした彼の演奏の聴ける作品を探し出会ったのがこの作品だったのです。

さて、そのライブの間にあった彼の紹介を見てなるほどと思ったのが、Ritenour のプロ・デビューはフュージョン界の超大物であるDave Grusin の引きよるものであったことからフュージョン界で活動が注目されるようになったとのことで、、本来ギタリストしては、 Wesからの強い影響を受け育ったと彼自身語っていたこと。

そういわれてみれば、70年代フュージョン・シーン全盛の時期、ソリッド・ギーターでガンガンと飛ばしていた彼のサウンドには、真新しいフュージョンの響きの中に、どこか伝統的な懐かしさを感じるものがあったようにも思え、その結果が、セミアコースティックギターに持ち替えたこのライブでのサウンドにも現れ、Wesそのものの姿として鮮明に聴こえて来たのだということを知ったのです。

そうして選んだこの作品、実はこのライブで演奏された曲の中で、90年代初頭の作品に収められた曲の演奏が、彼のオリジナル曲も含め、Wesの影響を如実に感じることが出来たことから、その時期の作品を探し出し聴いた結果見つけたもの。

中でも、気に入ったのがRitenourが、当時フィアンセだった妻のカーメンために書いたというオリジナル曲の”Waltz For Carmen”。

というところで、今回はこの曲を聴いていただくことから始め、後へとお話を進めることにしたいと思います。




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