So-net無料ブログ作成
前の10件 | -

大都会に残された小さな自然の中の秋の営み 2018 [仕事の合間に]

いつもの音楽ネタは、今回は一旦お休み。

遅ればせながら、昨年の秋口に仕事の道すがら撮りためた秋の風景の写真を整理していたところ、昨年は遠出する機会は少なかったものの、思いの他季節の衣装を纏ったその土地々々の風景との良い出会いに恵まれたことに気付かされたことから、ここでその写真を見ながら思い出の記憶を辿りつつ、筆を走らせてみることにしてみました。


昨年は10月まで栃木・山梨を巡る仕事の旅が続き、久々に旅の空気の味わいを楽しむことが出来たのですが、それも11月に入ると一段落、以後は、都心周辺での仕事ばかりが続いていたことから、今年の秋は自然の空気に触れながらその深まりを楽しむことはもう出来ないなと思っていたところ、たまたま車で通りがかった東京、葛飾の水元公園で出会ったこの風景。

IMG_1083km.JPG


駐車場に立つ、木々の季節を感じさせる色づき具合に、大都会を抱えるこの平地にもその季節の訪れを感じさせる空気があることを知らされたことから、今年はこの都会の喧騒の中に潜む秋の気配を探し歩くことを思いついたのです。


そしてそれから2週間後、「久々にちょっと上野辺りで集まり一杯飲もうや」という学生時代からの旧友の誘いに乗り、巧くすれば上野の山の季節の色合いも見れるかもと、約束時間よりかなり早めに出掛けることにしたのです。

京成電車に乗って、程なく京成上野駅に到着。
西郷銅像側から、園内に入り歩いてみたところ、やはり常緑樹ばかりのせいなのか、その気配は全く無し。
「ここは、桜は有名だけど紅葉の話はあまり聞かないしな」、と半ば諦め気分で西洋美術館の近くまで来てみると........。

DSCN0042m-1.JPG


薄っすらと秋の化粧支度を始めたような樹木の姿がそこに見えています。

もしかするとこの先、国立博物館の周辺は期待が持てるかもしれない、ならば江戸の昔、徳川将軍家の菩提寺として、または江戸の町の北方の守護寺として威容を誇った東叡山寛永寺の残り香を浴びながら、季節の空気に浸るのもまた良いのではと考え、そちらの方へと向かうことしたのです。

そして、出会ったのがこの風景。

DSCN0069m-1.JPG


そして、博物館を1周して旧東京音楽学校本館の辺りまで来てみると、

DSCN0097m.JPG


ほのかに色づき始めた樹木の下、多くの人が秋の風情を楽しみながら歩いています。

中には、いくつも色彩に彩られた、こんな樹木も。

DSCN0087-1m.JPG


こうやって歩いてみると、上野公園というところ、歴史ある建物と季節の彩りとのコントラストが、日常を忘れさせてくれる、そうした空間を育む場所であることを、あらためて認識させられました。

DSCN0102-2km.JPG


上野公園の散策で得た秋の風情の手応えに、であれば今年は仕事の道すがら訪れるだろう都心周辺のいつもの場所でも、またいつもと違った風情を見つけることが出来るかもしれないと、日々さらに目を凝らして街を歩くことにしたのです。

そして、数日後........。


まず目にしたのが、この風景だったのでした ・・・・・・・×○△××□................。





続きを読む


nice!(11)  コメント(2) 
共通テーマ:PLAYLOG

病を乗り越え生まれた心震わすピアノの美:益田幹夫・Black Daffodils (黒水仙) [音源発掘]

私の音楽探訪に旅、今年は、新年早々、例年になくこれまで耳にしたことのなかった作品を聴く機会に恵まれて、幸先良「早くもこれは!」 という、作品、一つならずして、そのいくつかのとの出会いを果たすことになってしまったのですが、今回は、その中でもさも気に入りよく聴いている作品のお話。

それが、この作品。

益田幹夫・黒水仙.jpg


日本のジャズピアニスト益田幹夫の1996年の作品”Black Daffodils (黒水仙)”。


しかし、益田幹夫というアーティスト、どう考えても今は、知名度の面ではいかがなのものかという存在で、その名を耳にしたことがないという方も多いのではと思いますが、しかし、このピアニストの事が忘れらず、私が彼のピアノを聴き始めて「これは!!!」と感じた1974年の初め頃から、気づいてみればそれから数えて今は、45年余り。
あの頃、世界に通じ羽ばたきその後世界のジャズをリードするアーティストとして、その動向を注目されていた日野皓正の作品”Journey Into My Mind ”を聴いた時に、その作品の中に2曲だけ収められていたクィンテットの演奏で聴いた、彼のスピリチュアルなピアノの響きがいたく新鮮で深く記憶に残ってしまったことから、今後注目すべきピアニストしてしっかりと記憶、心の内にしまっておかければと思ったのが、彼を知ったその始まりだったのです。


そうして出会った益田幹夫、彼のピアノに初めて興味を持ち始めて間もないその年に、日野皓正や峰厚介等、当時日本の一流どころを従えた、彼の初リーダー作品”Trace"を発表、そしてさらには、1975年に渡米、本場でのキャリアを積んでの後、1978年には渡辺貞夫Quintetに加入、そして次ぐ80年代には自己のバンドを結成と、私が最初に彼のピアノと出会った時に感じたその予感どおり、順風万歩の勢いで日本を代表するピアニストとしての道を着々と登り詰めて行くことになったのです。

しかし、1990年、20代から悩まされていたという感覚障害・運動麻痺を伴う原因不明の難病、多発性硬化症が進行、それによりそれまでの彼の順風万歩な流れは阻まれ、活動休止を余儀なくされことになってしまったのです。

そしてそれに再起をかけての長いリハビリ生活。
7年に及ぶ病との格闘の末、不屈の精神力でそれを乗り越え、彼は再びピアニストとしての復帰を果たすことになるのです。

実は、今回取り上げたこの作品は、その復帰後第1作を飾ったものなのですが、ここに聴けるのは闘病リハビリ前とその後との、彼のピアノの大きな表情・表現の変化。

それは、若き日の鋭くスピリチュアルなそうほうスタイル、そしてその後、闘病前のフュージョン的軽快さを有すスタイルから、一音々々を大切にしながらエモーショナルに歌いかける安らぎの奏法へのスタイルの変化。

この作品には、そうした境地に至った益田幹夫のピアノの美が凝縮されていて、それが聴く者の心にひしひしと伝わって来るそのことに、私自身すっかり魅了されてしまったのです。


それでは、そんな益田幹夫のこの作品、なんだかんだ言うよりも、ここで1曲味わっていただくことにいたしましょう。
曲は、”In A Sentimental Mood”です。








続きを読む


nice!(16)  コメント(0) 
共通テーマ:PLAYLOG

2019年、今年の年初めはテナーサックスの響きから;Michael Brecker・Tales from the Hudson [音源発掘]

年末そして正月気分をほとんど感じることなく、あれよあれよと過ぎてしまった、私の今年の正月。
確かに仕事は方は、かなり忙しくなっていたのだが、これはいつもの事。

どうして、こんな気持になってしまったのわからないのですけど、すでに2019年となって早2週間、年初に日々前向きに過ごすことを誓ったことでもあり、そうしたことをいつまでもくよくよと考えるのは止めて、今はこの1年を災禍に合うことなく、無事に乗り切れるようひたすら英気を養っているところ。

そこで、今回はそうした英気を養うべく、ここのところ聴いて心身ともに新たな活力を得ているテナーサックス作品のお話。

それがこの作品。

Tales From the Hudson.jpg


Sonny Rollins,John Coltrane以降、さも大きな影響を残したテナーサックス奏者といわれる Michael Breckerの1996年制作の作品、”Tales From The Hudson”です。

私が、このMichael Breckerを知ったのは、彼のデビュー草創期の1970年初頭のこと。
当時、私は、それまでにはなかった、バンドにブラス・セクションを加えたロック・バンド、いわゆるブラス・ロックと呼ばれるそのサウンドに斬新なものを感じ、Blood, Sweat & Tears、Chicago、Chaseなどの音楽をよく聴いていたのですが、さらに新たなブラス・ロックのに触れたくて、そうしたバンドを探していたところ見つけ聴いたのが、まだデビューしたばかりのMichael Breckerの兄である、トランぺッターのRandy BreckerとMichaelが率いるブラス・バンドのDreamsだったのです。

まだ、フュージョンなどというジャンル名はなかった時代。
この当時、その中軸となっていたブラス・ロックバンドが、ロックにジャズやクラシックの要素を取り入れた新鮮なサウンドで人気を博したのですが、このDreamsは、ジャズの要素は強いもののそのサウンドは伝統的なジャズとはどこか違って(今なら、スムース・ジャズということになるのでしょうけど。)いて、このあたりにブラス・ロック サウンドとは一線を画すものだったということがかすかな記憶に残っています。
しかし、その彼らの音楽は、当時はあまりも斬新過ぎたのか、Dreamsとして、2作品を残すも大きな評判を残すことなく、いつの間にかシーンから消えてしまっていたのでした。

その後の彼等は、フュージョン・ロックシーンでセッション・ミュージシャンとして活動を続け、そして1975年にBrecker Brothers名義よる初の作品”The Brecker Bros.” を発表、さらに1978年に、フュージョンの傑作とされるライブ作品”Heavy Metal Be-Bop”の発表で一躍その頂点に立つことになるのです。

ところが、当時の私は、伝統的なジャズに傾倒していたこともあって、この二人のこうしたフュージョン界の成功ゆいてはあまり興味がなく、そのプレイを聴いてもさしたる新鮮味を感じられなかったことから、評価することはまったくなかったのでした。

その当時の評価外の流れ、どうやらそれは私だけではなかったようで、1990年代になってジャズ評論誌を読んだところ、そこにポスト・Coltraneを担うテナーサックス奏者は誰かと特集が掲載されていて、その記事によれば、ポスト・Coltraneを担うテナーサックス奏者として当時新進気鋭のテナー・サックス奏者として頭角を現していて来ていた、Joshua RedmanやBranford Marsalis、Ravi Coltrane等の名が挙げられているも、Michael Breckerの名はどこにもなく、その当時、そのアーティストを選定をした評論家の諸氏の間でもMichaelは過小評価されていることを知ったのです。

ところが、その1990年代になると当の私の方は、そうした彼への評価の間違いに気付き、どうして評論家先生たち、Michaelのを挙げないのだろうと思うようになっていたのです。
その原因となったのが、80年代の終わりに聴いた、シンガー・ソングライターのJoni Mitchellの79年に収録されたライブ音源作品”Shadows and Light”で、Pat Metheny, Jaco Pastoriusと共にバックを務めたMichaelのプレイ。
そこで聴いた彼のサックスには、Mitchellのフォークともジャズ・フュージョンとも一線を画すその独特なサウンドの中で、間違いなく伝統的なジャズの香りを漂わせつつ、そのサウンドと絶妙なバランスを保ち調和していたことが、大変印象に残り、Michael Breckerというサックス奏者について興味を覚えるようになっていたのでした。

そして、その後は機会があれば真摯な気持ちで彼のプレイに接するようになったのですが、その彼のサックスの凄味を思い知らされたのが、1995年のMcCoy Tyner の作品”Infinity”での彼のプレイ。
そこで彼は、あのColtraneの黄金のカルテットのピアニストとしてとして活躍した巨匠McCoyを相手に、堂々としたサックス・プレイで実に緊張感溢れるサウンド空間を創り出していたのです。

そのスケールの大きさと重厚感は、このMcCoyの”Infinity”の前作”Prelude and Sonata ”で同じくテナーサックスを担当していた、前述のポスト・Coltraneを担う若手テナーサックス奏者に選ばれ、№1の実力と評価されたJoshua Redmanのプレイと比べてもそれを遥かに超えるもので、そのプレイによりMcCoyのプレイも往年の輝きを取り戻した感じられるほどの、この時期もっとも偉大なテーナー・サックスとしての力を大いに見せつけるものだったのです。


そのMcCoyとの共演、今回取り上げたこの”Tales from the Hudson”の中にも2曲収められているのですけど、この作品ではさらにギターのPat Methenyが加わり、McCoyのピアノに内在する土俗的な雰囲気とPat の洗練されたナチュラルの相反した要素が、Michaelの存在によって見事に融合している様子を聴くことが出来ます。

それでは、評論家先生方もMichaelを見直したMcCoyとの共演、ここで1曲耳を傾けてみることにいたしましょう。
曲は、”Song For Bilbao”です。





続きを読む


nice!(19)  コメント(0) 
共通テーマ:PLAYLOG

2018年!印象に残った作品 ジャズ・インストメンタル編 [音源発掘]

2018年も残すところあと僅か。
今は、なんとか年内に、2018年の印象に残った作品、その最終章にたどり着けて一安心と言うところ。

前回は、日本発の女性ジャズ・ヴォーカル作品を取り上げさせていただきましたが、今回は、同じジャズでもインストメンタルの作品から印象に残ったものを取り上げ、またお話を進めていくことにいたします。

前回は、私的思い出による印象作品の指向は強いお話となってしまいましたが、今回は、純に今年出会って強くに印象に残った作品を取り上げペンを進めることにいたします。

まずその最初の作品は、フュージョン系のアーティストとして登場したものの、元は本来のジャズのプレーに触発されて現在の地位を築き上げたアーティストの、伝統的ジャズの手法に回帰指向したとも言えるこの作品から、お話を始めることにしたいと思います.。

その作品がこちら、

Stolen Moments     Lee Ritenour.jpg


ギタリストのLee Ritenour 1990年の作品”Stolen Moments"です。

Ritenour といえば、一般的にフュージョン界の大物アーティストと言うイメージが強い人ですけど、かくいう私も、彼がデビューして間もない70年代半より、そのサウンドは聴き知りながらもフュージョンそのものというべきそのスタイルが気に入らず嫌悪し、これまで積極的に彼の作品を聴こうとはして来なかったのです。

ところが、今年の初め、TVで放映された昨年のワイキキにあるJazz Club、Blue Note Hawaiiでの彼のライブを偶然にも見たところ、フュージョンはもとより伝統的なジャズも演奏していて、特に伝統的なジャズの演奏は、名ジャズ・ギタリストWes Montgomeryの往年のプレーを彷彿とさせるものであった感じたことから、急ぎ私自身の中にあった彼への偏見を払拭して、そうした彼の演奏の聴ける作品を探し出会ったのがこの作品だったのです。

さて、そのライブの間にあった彼の紹介を見てなるほどと思ったのが、Ritenour のプロ・デビューはフュージョン界の超大物であるDave Grusin の引きよるものであったことからフュージョン界で活動が注目されるようになったとのことで、、本来ギタリストしては、 Wesからの強い影響を受け育ったと彼自身語っていたこと。

そういわれてみれば、70年代フュージョン・シーン全盛の時期、ソリッド・ギーターでガンガンと飛ばしていた彼のサウンドには、真新しいフュージョンの響きの中に、どこか伝統的な懐かしさを感じるものがあったようにも思え、その結果が、セミアコースティックギターに持ち替えたこのライブでのサウンドにも現れ、Wesそのものの姿として鮮明に聴こえて来たのだということを知ったのです。

そうして選んだこの作品、実はこのライブで演奏された曲の中で、90年代初頭の作品に収められた曲の演奏が、彼のオリジナル曲も含め、Wesの影響を如実に感じることが出来たことから、その時期の作品を探し出し聴いた結果見つけたもの。

中でも、気に入ったのがRitenourが、当時フィアンセだった妻のカーメンために書いたというオリジナル曲の”Waltz For Carmen”。

というところで、今回はこの曲を聴いていただくことから始め、後へとお話を進めることにしたいと思います。




Let’s Listen


nice!(16)  コメント(12) 
共通テーマ:PLAYLOG

2018年!印象に残った作品 Japan発!  ジャズ・女性ヴォーカル編 [音源発掘]

今回は、今年よく聴いていた、その昔に聴きずっと心の底に引っ掛かっていた作品のお話。

それは、1970年代後半にフィバーし、日本のジャズ史上珍しくジャズ・ヴォーカルがもてはやされ評判を呼んだ、日本発の女性ヴォーカリストたちの作品のお話。

としたのは、今年手にし聴いてきた諸作品、さてどんな作品があったかなと見直してみると、例年は2.3.枚程度しかないジャズ・ヴォーカル作品が、今年はことのほか多く、それが自分の若き日を思い出させつ再び新しきサウンドを求めての探究心を奮い立たせることになったことから、今年の印象に残った作品として取り上げることにしたのです。


その冒頭の作品がこれ!

笠井紀美子 We Can Fall In Love.jpg


ジャズ・ヴォーカリスト 笠井紀美子の1976年の作品” We Can Fall In Love”です。

笠井紀美子というアーティスト、1998年、まだまだこれからというその時期に、音楽活動から早々と身を引いてしまったことから、若い方の中には知らないという人も多いのではないかと思いますが、彼女その経歴は、1960年代後半より新進気鋭のアーティストとして注目を浴び、70年代になるとジャズ界の巨匠、Miles Davisともにジャズの一大転換期を提示した作編曲者のGil Evansや、Charles MingusやEric Dolphy等と50年代から60年代の前半のジャズに大きな功績を残し、かつ伝説のヴォーカリスト: Billy Holiday最晩年のピアニストを務めたことでも知られるMal Waldronとの共演作を残した、世界に羽ばたく初の日本人女性ジャズ・ヴォーカリストとして大きな礎を築いたアーティストなのです。

そうした彼女のこの作品、それまで上記海外アーティストはもとより、ジャズ以外のアーティストとの共演、特にかまやつひろしとのジョイントなど、ジャズにとどまらない幅広い活動で新世代のジャズ・ヴォーカリストとしての地位を固めていた彼女が、20年以上にわたりジャズの帝王と呼ばれたMiles Davisの作品のプロデュサーを務めた名プロデューサ-のTeo Maceroの力を得て、果敢にも、この時期勃興しつつあったフュージョンに挑んだものなのです。

そしてその結果は、それまでジャズというとインストメンタルが主流で、ヴォーカル作品などは評判を呼ぶことがほとんどなかった日本において、その風潮に風穴を開けジャズ・ヴォーカル作品として初めての大きな評判を呼びよせたたのがこの作品なのです。

当時、私もFM放送でこの作品ばかりか彼女のLiveまでがたびたびオン・エアされ、その人気の高さを身をもって体験したのですけど、当時は一見ミーハー的なその雰囲気に馴染めず素直に受け入れることが出来なかったもの。
しかし、今振り返えってみると、まだまだ未成熟、発展途上にあった日本の音楽シーンにおいて、当時本場アメリカの最新サウンドを見事に熟しきり、日本の音楽シーンに新風を吹き込んだという事実に、彼女のなみならぬ先進的な感性があったということを感じ、もう一度聴き直してみなければという気持ちになったものなのです。


そうした彼女のそのサウンド!
                              果たしていかなるものなのか!.........


というところで、やはり聴くなら紀美子のオリジナル曲、ここで聴いてみることにいたしましょう。











Let’s Listen


nice!(14)  コメント(6) 
共通テーマ:PLAYLOG

2018年!印象に残った作品 ロック編 [音源発掘]

街をのあちらこちらでクリスマス・ツリーを見受けることが多くなった今日この頃、ここ数ヶ月どたばたの日々過して来たこともあってか、色づく紅葉の後だけは追いつつもクリスマスのことなどすっかりと忘れていて、もうこんな時候となってしまったのか驚きつつも、よく暦見てみれば11月ももう終わり。

ああ!!今年も早、年の瀬が来てしまったのかと、今度は、なにか気ぜわしい気分になりなりながら、となれば、今年1年間接してきた私の音楽遍歴、毎年恒例ともしている総決算をしなければと、書き留めるべき作業を始めることにしたのです。

さて、2018年に接してきた私のミュージック・ライブラリーを振り返って見てみると、今年はロック・ジャズとも大当たり連続の大収穫で、ほぼ毎月のようにお気に入りの作品に出会たこともあり、かなりの点数になってしまったのですが、そのどれもこれもが深く印象に残るものであったため、”2018年!印象に残った作品”としてどの作品に焦点を当てて書いたら良いのか見当もつかなくなり、それを選ぶのもなかなかもて難しくなってしまった有様。

そうは言っても、そのすべてを取り上げてはとても年内に話を終えることは出来ないしということで、腹を決め厳選び厳選、そうして筆を進めることにしたのです。

そこで厳選に厳選を重ねたその第一回は、ロック編。
ここととろロックについてあまり取り上げ語っていなかったことと、それに加え私こと”蛇銘多親父(ヘビメタおやじ)”を名乗っている以上メタル作品を語らねばということで、まずは、そのメタル作品からお話を始めることにしました。

実はロックの分野、今年初は、昨年聴いて気に入っていた元UKのキーボド奏者Eddie" Jobsonやスウェーデンのプログレシッブ・ロックバンド”The Flower Kings”のギタリストでリーダーでのあるRoine Stoltに関連する作品、いわゆるプログレシッブ・ロック系の作品を追っていこうと考えて、メタルに関しては積極的に探訪をするつもりなかったのですけど、その転機となったのが、ブログ記事を書くうちに70年代ロックのことが懐かしく聴きたくなり、その結果それを題材にした記事を書こうと取り上げることにしたDeep Purpleの存在。

今でこそ日常Jazzを中心に音楽を楽しんでいる私ですが、その始まりとなったはとあるLive観戦がそのきっかけ。
その私のLive観戦デビューともなったそのアーティストは、あの伝説のLed Zeppelin!!

そのおかげで、日頃Jazzを聴きながらも、そこで組み込まれてしまったメタル好きの遺伝子が突然目覚め、無性にメタル系のサウンドが聴きたくなってしまうことしばし。

そのせいか、Deep Purpleのことを書いているうちに、今度はメタル出遺伝子が騒ぎ出し、新旧いろいろなメタル作品を探し聴きあさることになってしまった次第。

そうして接したメタル作品、その中で、今年もっとも印象に残ったのがこの作品。

Havoc-Circus Maximus Cover_.jpg


ノルウェーのプログレッシブ・メタルバンドのCircus Maximus、彼等の2016年発表の第4作目の作品”Havoc”です。


私が彼らを知ったのは、2007年の彼らの第2作目の作品”Isolate”でだったのですけど、あの時は、当時私が好んでよく聴いていたDream Theaterの継承者としての評判から、興味を惹かれ彼等を聴いてみたところ、確かにテクニックもありサウンドにも独自のものがあるのを感じられるものの、DTが繰り広げる楽器の同士のぶつかりあいから生まれるシリアスな緊張感を好んでいた私は、DTとは異なった彼等本来の良さを見抜くことが出来ず、以後彼の作品を聴くことのないままでいたのです。

ところが、今回、最新のメタルを聴き直そうといくつかの作品を選び出し、手始めにその中にあった彼等の第3作目の作品”Nine”を聴いたところ、そのサウンドにDTとは異なったトータル・バランスの取れたのびやかで瑞々しい若さがあることに気付かされ、その勢いで彼らの全作品を聴き直し、2018年のお気に入り作品のひとつとなってしまったのが、この”Havoc”だったのです。

ことはともあれ前置きはこの辺にして、その爽快なサウンドさっそく聴いてみることにいたしましょう!!




続きを読む


nice!(16)  コメント(2) 
共通テーマ:PLAYLOG

秋の訪れ、そのその足跡を探して(山梨初秋探訪編) [仕事の合間に]

出張で、9月から10月初めに訪れた栃木県さくら市、前回はその初秋の様子をお話しさせていただきましたが、今回は、その疲れの回復もままならないまま、引き続き次に向うことになった山梨県の初秋のお話。

この地、前の職場の仕事で度々訪れていた場所なのですけど、今回の訪問は、その前の最後に職場の仕事で訪れた時からおよそ1年半ぶりとなるもの。

10月の半ばとなるとこの時期の山梨県は、空気が澄みわたりこの甲府の盆地を囲む山々の山容の美しさ増してくる頃で そこに彩り美しい紅葉が始まる、季節の移ろいを楽しむには打ってつけの時期になってるはずなのですが、今年は9月以降、雨または曇天の日々が続く毎日で、私が訪れたこの時は、幸い雨に降られることはなかったものの、周辺の山々は厚い雲にに覆われて、澄んだ美しい山波を眺めるというにはかなりほど遠い状態だったのです。

DSCN0018km.JPG


それでも行きしな車を走らせているいると、次第に雲が薄くなり霧のカーテンに遮られながらも薄っすら、頭に雪の帽子を被った幻想的な富士の姿が、見えて来たりして.........。

目的地に到着した後に知ったことですが、この日は、富士吉田市による今年の富士山初雪化粧宣言が出された日だったのだとか。
私にとっては、山梨滞在時に、この富士山初雪化粧宣言と接することになったのはこれで5回目。
なんとも不思議な富士山との浅からぬご縁を感じることになりました。


さて、こうして幸先の良いスタートを切った今回の旅。
美しい山波が駄目ならばせめて木々の様子はと、休憩のために立ち寄った定番の中央道釈迦堂PAの周辺を歩いてみると、

DSCN0010km.JPG


本番までは至らぬものの、にわかに衣装を秋色に染替え始めた木々達がそこにいます。
ああ、これならば一安心!
これで今日の仕事の終わった後の楽しみが出来たわいと、この日の夕刻の出来事を思い浮かべながら、ようようと目的の仕事場へ向かうことになったのです。

そして、仕事終えたその日の夕暮れ時............................





旅は続く


nice!(15)  コメント(0) 
共通テーマ:PLAYLOG

秋の訪れ,その足跡を探して(栃木初秋探訪編) [仕事の合間に]

今年の9月10月、昨年職場も変わり、前職場での東へ西へと駆けずり回る忙しい日々とは決別して、ここ一年はゆったりとした雰囲気の中で仕事をする毎日を過ごしていたところ、そこにまた飛び込んで来たのが、はたまた仕事で東へ西へと駆けずり回る忙しい日々。

何故こんなことになってしまったのかというと、それは昨年まで勤めた職場からの突然の業務応援の依頼。

実は、私の抜けた後の前職場、その後大幅な戦力ダウンとなり、それまで熟して来た仕事を熟すのもままならぬ状態となっていたところに、メンバーの一人が入院長期療養となってしまったことから、いよいよ首が回らぬくなってしまい、その職場のOBである私への救援要請となったもの。

それまで苦楽を共にし世話になってきた仲間からのSOS !!、むげに断ることはできないし、なんとか力を貸してあげたいと考えるも、1年ぶりとなる超が付くほどの忙しい日々、さすがにこれまで惰眠を貪っていた体はすぐに馴染まず、かなりきつい思いをすること必定、老体に鞭打ちながらのつらい毎日となるであろうと憂いつつも、頃は秋の始まり、旅先、その仕事の合間にともすればまた季節感に満ちた良い風情に出会えるのではという期待に惹かれて、いささか腰引け気味なっている頭を良いことの方に切り替えて、この申し出を引き受けることにしたのです。

そして9月の中旬も終末に押し迫ったとある日、最初に向かうことになったのは、栃木県さくら市。
日光連山を望めるこの地、秋ともなれば一日、時を経るごとに変化する山容の表情を楽しめる場所なのですが、今回は雨と曇り空に阻まれその雄姿を見る楽しみは閉ざされ、変わって心を和ませ楽しましてくれたのが、こちらの写真。、

DSCN0629m.JPG


それは、赤トンボ。
この地、東北本線の引込み線脇の場所なのですが、4年ほど前にもここで赤トンボと出会ったことがあり、その時、ここにある事務所の方に伺ったところ、毎年夏に日光連山で発生したトンボが9月になって涼しくなると里に下りてくるのだという話。

そうしたことで今回もここで赤トンボに出会い、迫りくる秋の足音を感じられたらと思っていたところ、以前よりは数は少なかったもののなんとかその秋の使者に出会うことが出来ました。

FSCN0642m.JPG


秋の到来を告げる使者赤トンボに出会い、秋の足音を確実に聞いたところで、次に気になり出したのは木々の葉の色付き具合。
9月ではその期待、まだ早いかと思いながら仕事場付近を散策、近くの公園の木々の様子をよく見てみると!!

FSCN0545k.JPG


なにやらかすかな変化が起きているよう。
さらに近づいて観察してみると

FSCN0546k.JPG


幾分赤みを帯び始めた楓の葉の様子が見てとれます。

DSCN0518k.JPG


そして、その下には秋の扉を開くかのように、彼岸花が、秋到来を告げるかのように美しく咲いていました。



こうして、かすかにも秋の到来を感じることが出来た栃木県さくら市。
これまで何回も訪れそのたびのその周辺を歩き見てきているのですが、今回は、こうした季節の気合に後押しされて、これまでその道中、何となく気にしながらも、どうせ大した所じゃないと勝手に決めつけ足を運んでいなかった所へも、立寄ってみることに。

それは、東北道SAから2㎞程のところにある羽黒山。
羽黒山といえば山形県鶴岡市にある一大山岳信仰の霊地で修験道東国の聖地が思い起こされますけど、
一方、上河内にあるこの羽黒山、平地の中にポツンと聳えるあまりぱっとパットしない山で、その山の名前が東北の一大霊地羽黒山と同じ名とはとのいかがわしさが先立ち、これまで行くことが憚って来ていた所。

ところが、昨年最後にこの地を訪れた時、地元のネット情報でこの羽黒山の山頂には、山形県鶴岡市同様に古い社があることを知ったことから、もう一度、山形県鶴岡市にある本家羽黒山について調べてみると、その山は海辺の都市、酒田・鶴岡のある荘内平野のへりにある僅か標高414mの山ということで、そのことから、それとよく似た関東平野のへりに立つこの小高い山の存在が妙に気に引っかかり、再度機会がくれば足を運んでみたいと考えるようになってしまっていたのです。

そうして機会を得訪れたこの山に一歩足踏み入れたところ驚かされたのは...................................!!










続きを読む


nice!(20)  コメント(4) 
共通テーマ:PLAYLOG

ドラマー主催!! ピアニストの饗宴;With All MY Heart ・Harvey Mason [音源発掘]

度重なる台風の襲来を受けた今年の9月、10月!!!!!!。

今年は、特に日本列島直撃のものが、例年増して多いなあと考えながら、その嵐の合間を縫いながら、日々続く私の仕事の方も吹き荒れる今年の台風の如く、今や1年ぶりの大嵐の真っ只中。

昨年まではこの程度の忙しさ、大変だけどやりがいもあると気合を保って乗り切れていたものの、ここ1年余りは若い連中に任せ、自分は黒子に徹すべしと惰眠を貪っていたことから、その環境の急変ぶりに体がついてゆかず、疲労困憊で休みの日はただひたすらに寝て曜日になってしまう始末。

そうは言っても貴重な休日、ただ寝てばかりではもったいない、休息を兼ねて何かをしなければと考え、ならば日頃疎遠となっている作品を聴いてみよう!! と思い立ち、めぼしい作品を見繕ってみたところ、目に飛び込んで来たのがこの作品。

with all my heart harvey mason.jpg


ドラムのHarvey Masonによる、2003年制作の作品”With All MY Heart ”!!!!

とまあ!こうした作品を今回のお題としてしまったわけですけど、Harvey Masonというアーティスト、多くの方がフュージョン系のアーティストだと認識しているのではないか思うのですが、そのこと確かに彼の経歴を見て見ても1973年Herbert Hancock 率いるHeadhuntersのドラマーとしてFunkの幕開けを告げた名盤”Head Hunters”で名を上げて以来、その後は、Dave GrusinやLee Ritenour、フュージョン時代の渡辺貞夫(CALIFORNIA SHOWERなど )、そしてBob Jamesなどといった、フュージョン系の大物アーティストとの共演を多く残していることから、そう認識されるのも当然のこと。

しかし、この作品はそうしたMasonのフュージョン作品ではなく、あくまでアコースティックに徹したオーソドックスなピアノ・トリオ作品で、彼のドラム・プレイの素晴らしさを十二分に堪能出来るものなのです。

そのうえ、この作品、収録された全12曲がMason以外それぞれ違った顔ぶれで、なんとピアニストなど収録曲の数と同じ12人。

つまり、ピアニスト1人1曲ということなのですが、そこに参集したアーティストの顔ぶれを、あらためて見てみると............、

それは、Hank Jones 、Cedar Walton 、Herbie Hancock、Chick Corea 、Kenny Barron 、Bob James、Dave Grusin 、Monty Alexander 、Mulgrew Miller 、Brad Mehldau 、Fred Hersch、 John Beasley の12人。

合わせてベーシストの方も見てみると
Ron Carter 、Charlie Haden、 Eddie Gomez 、George Mraz 、Charnett Moffett 、Dave Carpenter 、Larry Grenadier 、Mike Valerio の8人と、こちらも当代きっての名プレヤーの名が並んでいます。

よくまあ、1曲の収録のために、これだけの大物が集まったものだと驚きながら、興味を惹かれるのはそれぞれのアーティストの個性の違いがどのように発揮され、それにMasonがどんなプレーで応じているのかということ。

そう思いながら、私自身、これまでこの作品をしっかりと聴きこんでいなかったなあと思い、今回は腰を据えて聴いてみたところ、さすが名手たち、それぞれの持ち味を発揮した好プレイを繰り広げ、その演奏をMasonのドラムが包み込み、さらに奥深さを際立たさせている。

これまで聴いてきたピアノ・トリオとは一味違ったその出来栄えに、これまで思いもしなかったMasonの音楽家としての優れた資質を見つけることが出来たように感じたのです。


さて、ここで1曲。
今回聴いてみて、もっとも強く印象に残ったのは、フュージョン系のピアニストのプレイの美しさだったのですが、まずはそのフュージョン系のピアニストの演奏から聴いていただくことにしたいと思います。

曲は、”Bob James の演奏で、”Smoke Gets In Your Eyes(煙が目にしみる)”です。







Come on、Let’s Listen!!


nice!(15)  コメント(0) 
共通テーマ:PLAYLOG

50年代と60年代を結んだピアニスト、その若き晩年を聴く:Wynton Kelly・Full View [音源発掘]

前回は、秋の夜長を楽しむにふさわしい作品としてWes Montgomeryの作品を取り上げ語らしていただきましたが、今回も引き続き、秋の夜長を楽しむにふさわしい作品のお話。

その作品のアーティストは、ピアニストのWynton Kelly。

実は、Wes Montgomeryというと私の場合、どうしても、 Kellyとの共演による名盤”Full House"や”Smokin at the Half Note”脳裏に浮かんで離れず、無性にKellyのピアノが聴きたくなってしまう性癖があることから、今回もKellyのピアノ・トリオ作品を選ぶことに相成ってしまった次第。

というのもその性癖、そもそも私がジャズに興味を持ち始めた頃、偶然FM放送で聴いたKellyの演奏が気に入ってしまったことがきっかけで、以来Kellyを私のジャズのリサーチ・ポイントの中心に定めてしまったことがその大元。

特に当時は、彼の名の記載がある作品を見つけると、有無問わず買いあさり聴くなどということを繰り返していたのですが、そんなことを繰り返しながらも、1965年以降の彼の晩年ともういうべき時期の作品手にすることを避け続けていたのです。

その因は、その若き時代に読んだ、とある評論家先生の「60年代中期、Verveレコード時代以降のKellyの作品には、ほとんど見るべきものはない。」という評価の影響だったのですけど。
そのうえ、当時のジャズ仲間による同様の評価がその行動に輪をかけることになってしまい、長い間その時期のKellyの作品は、かたくなに拒み続けほとんど聴くことはないままとなってしまっていたのです。

ところが、その禁を破ることになったのが、これも偶然聴いた、テナーサックス奏者Clifford Jordanの1969年の”In The World”という作品にサイドマンとして参加していたKellyのプレイ。

それは、1971年4月39歳の若さで亡くなったKellyの最晩年のプレイを捉えたこの演奏、聴いてみると調律の狂ったピアノに悪戦苦闘しながらも生み出された彼のサウンドの中に、ブルーな曲調を的確に捉えながらも迫りくる危機の情念を宿らせ放出している空気の流れを感じ、たちまちのうちにその音世界に圧倒されることになってしまったからなのです。

そして、そのことからこれまで信じていたKellyの評価は誤りであって、彼の感性は晩年に至るまで衰えることはなく、それ以上に、さらに深い音楽表現をしうる奥技を身に着けるに至っていたことを知ることとなり、なにも疑わず信奉し続けて来た禁を破り、65年以降、晩年のKellyの作品を探し聴くことなったのです。

そうした回り道の末、漸く出会ったのがこの作品

Full View Wynton Kelly.jpg


1966年制作の”Full View"です。

さて、いつもならここでアーティストの略歴などについて触れるところですが、今回は、以前の記事で若干触れたこともあるので、とやかく言うのは止めにして、さっそく、その期待の音源に耳を傾けることといたしましょう。

曲は、”On A Clear Day (You Can See Forever)”です。



Come on、Let’s Listen!!


nice!(15)  コメント(2) 
共通テーマ:PLAYLOG
前の10件 | -