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欧州で活躍する日本人女流ジャズ・ピアニスト・高瀬アキ;Aki [音源発掘]

3か月余り続けた、30年前のライブ映像のデジタル化復刻作業も、とりあえず前回で一旦お休みをいただき、今回からはまたいつもに戻って、私がここのところよく聴き気に入っている作品のお話。

さて、その作品はというと..........

5月以降ライブ映像復刻の作業する中で、これまで余り聴いてこなかったアーティストの演奏に出会い、それまで知らなかった新鮮な体験を得られたことから、それらアーティストの作品を探し聴いていたのですけど、今回は、それらアーティストの作品を探す中で偶然見つけたこの作品を取上げることにしました。

高瀬アキ aki.jpg


ピアニスト:高瀬アキの1979年のレコ-ディング・デビュ-作品、”Aki”です。

しかし、高瀬アキと言っても日本人でありながら、日本のマスコミではほとんど話題になることないアーティストなので知っているという方は少ないのではと思うので、簡単にその略歴をご紹介すると、

宝学園音楽学校でクラシックピアノを学び、その後1978年頃には、ジャズピアニストとしてプロ活動を開始、米国に渡り、サックス奏者のDavid Liebman、トランペットのLester Bowie等と活動を行っていたとあります。

そして、、1981年にはのヨーロッパに渡りドイツのベルリンジャズフェスティバル出演、ここで大きな評価を得、1988年にベルリンに在住、その後はここを拠点として活動、

1999年 ベルリン新聞文化批評家賞を受賞。
ドイツ批評家レコード賞を5回に渡って受賞(1990-2002)
2002年 SWRジャズ部門最優秀音楽家賞受賞 
2004年 ”Plays Fats Waller ”で2004年度ドイツ批評家賞ジャズ部門年間ベスト・レコード賞

等の多くの賞を受賞している、東の秋吉敏子、西の高瀬アキと言われるほどの日本を代表する女流ジャズ・ピアニストなのです。


そこで、この作品から1曲.......と行きたいところですが、いろいろ探してみたのですけどこの作品のPVが見つからなかったため、この作品の5年後後に制作された作品”ABC"から”Dohkei”をお聴きいただき、彼女独特のそのサウンドに触れてみてください。




わらべ歌にも似た日本的詩情に満ちたSheila Jordan のヴォーカルに導かれ始まるアキのピアノ。
Keith Jarrettを思わせるフォーク・ソングのようなメロディ・ラインを奏でるその音色は、ようやく訪れた秋の夜長のピッタリと寄添い、否応なしにその情緒の深みへと聴く者を導き入れてしまう、そうした力が隠されているように思えて来ます。


そして続くいて聴こえて来る、アキ、Cecil McBee (bass)、Bob Moses (drums)の3人による、まるで一人の演奏者のプレーではと思えるほどの一体感に満ちた即興演奏、わらべ歌を思わせるテーマとは裏腹に、そのプレーは次第にテンポも速くなり熱帯びながら、フリーフォームの世界に足を踏み入れて行く。

一つの曲の中に、フォ-ク、クラシック、フリーなどの要素が凝縮され、それが破綻することなく見事に調和している、そのサウンド生成の完璧ともいえる見事な構成力に、高瀬アキというアーティストの唯一無二の個性を見せつけられることになりました。

実は、今回ご紹介したこのデビュー作でも、その唯一無二の個性は既に遺憾なく発揮され、加えてジャズでありながらも、その曲のテーマには、メンバー3人で出来る限りの精緻なアレンジが施されていることに、40年前の作品ながら、古さなど微塵も感じさせない新鮮さがあったのです。


さて、ここでもう1曲。
曲は、1981年彼女このデビュー作品以来、度々レコーディングを共しているベースの井野信義と、ドラムに日野元彦、サックスにDavid Liebmanの布陣で臨んだ作品、”Minerva's Owl ”から、その表題曲をお聴きただくことにいたしましょう。



美しさを感じるDavid Liebmanのソプラノ・サックス。
70年代初頭、Miles Davisのグループの屋台骨というべき存在だったLiebman、私はあまりこのLiebmanというアーティストは好きではないのですけれど、ただピアニストのRichard Beirachと共演した演奏には、彼のの真骨頂があると感じているのですが、この高瀬アキとのプレイには、それを越えるものあるように感じたのです。

それにしても、John Coltrane研究の第一人者と言われるこのLiebmanに、これだけの美しい歌を歌わせる高瀬アキのピアニストとしての腕はもとよりその作編曲の能力の高さ、現在は、夫君である
Alexander von Schlippenbach の率いるBerlin Contemporary Jazz Orchestra のコ・リーダーとして活動、多くの楽曲の作編曲を手掛けている、その優れた才能の根源、デビュー間もない若き日より宿っていたこと、知らしめさせることになりました。


それでは最後に、そうしたジャンルの壁を超越した彼女の演奏、直近のものと思われる映像がありましたので、そのライブ映像でそのジャンル壁超越の世界をご堪能ください。



こうして聴いていただいた高瀬アキの世界。

やはりこのサウンドはアメリカではなく、ヨーロッパという緻密かつ伝統の世界にあってこそ開花したものだと思うのですけど、彼女の母国である今の日本では、知る人ぞ知るの状態であること、こうして書きながら、私としてはなにかとても寂しい気持ちを抱くことになりました。

是非、ここに挙げた楽曲群、もう一度耳して、彼女の生み出したサウンドを心に刻んでいただければと思います。

Track listing
1. How Do You Do
2. Carnival 謝肉祭
3. Birdland こもりうた
4. Cumulo-Nimubus 積乱雲
5. Season Off
6. Idle Talking おしゃべり
7. After A Year 一年のうち

Personnel
高瀬アキ(piano)
井野信義(bass)
楠本卓司 (drums)

Recorded
1978.8.16 &22



それにしても、今年の9月、私にとっては、寂しい懐、直撃の最悪事態が。

消費税のアップもあるということで、25年を迎えた我が家のりフォームを発注したところ、どういわけか以前に取り換えた給湯器。ガステーブルが故障、さらにBDレコーダーがお釈迦となってしまい、元々予定の車の車検(4回目ともあってタイヤ・バッテリーの交換も必須だったのですけど)も加わって、一挙の大散財。

人間も年とあって故障も多く病院とお友達の日々の中、何もかも故障で、この負の連鎖には本当にまいってしまいました。

まあ、生きて元気がなにより。
こんな愚痴をこぼせるだけ、まだまだなのかもしれませんけどね!!!




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秋の夜長に憩いをもたらす風格の男性ヴォーカル;Fujitsu Concord Jazz Festival 1989;本日の作品☆ vol.148 [デジタル化格闘記]

秋の到来を告げるかのように、朝晩はもとよりまだ夏の強い陽射ししの面影が残る日中でも、秋の快い風を感じられるようになった今日この頃。

令和の始まりと共に始まった、私の昭和~平成の頃のライブ映像の復刻紹介記事もこれで7回目。
我が家には、その昔に取り溜めたビデオ・テープは、まだまだあり、そこにどんな映像が眠っているのか楽しみはつきないのですが、これらアナログ映像をデジタル化していく作業も結構時間が掛かる作業で、そろそろ秋口の繁忙期を迎える仕事のこと考えると、これを続けることが段々重荷になって来てしまったのです。

そこで、今回がラッキ-7のケジメとなることから、とりあえず古のライブ映像記事は今回で一旦打ち止めとすることにしようと考えています。


とは言いながら気合を入れ直して、取り合えずの最終回となる今回のライブ映像は、これまで続いて来た1989年のライブ映像から、この年の11月22日に開催されたFujitsu Concord Jazz Festival での晩秋のコンサートらしく渋さを極める二組のアーティストのライブ映像をご覧いただこうと思います。


さて、その渋いアーティストとは、

この写真の人たち!!
SnapShot wess3.jpg


1951年に再結成されたCount Basie Ochestra(いわゆるニュー・ベイシー)でこのバンドの第2黄金期を築くに大きな役割を果たした、テナー・サックス、フルート奏者のFrank Wess と

SnapShot Wess2.jpg


彼の率いる Orchestra、

そして、

SnapShot  benett2.jpg


あのFrank Sinatraをして、「アメリカ音楽界、最高の歌手」と言わしめたヴォーカリストの Tony Bennettの
世界の音楽界を長き渡り支えて続けた二組のアーティストの登場です。


それでは、その彼らの演奏、まずはFrank Wess のOchestraの演奏から、ご覧いただくことにいたしましょう。



曲は、”Li'l Darlin' ”。

ご覧いただき、察しの良い方ははもうお気付きかと思いますけど、この演奏はまさにCount Basie Ochestraの演奏そのもじゃないかと思われたのではないかと思います。

それもそのはず、Count Basie Ochestraは、1984年に御大のBasie 没後、解散とはならず、その後は後に残ったこのバンドのメンバー達によって代々継承され、現在もトランペットのScotty Barnhartがリーダーを務め存続しているのです。

ということからこの映像は、このバンドの生き残りメンバーの一人であるFrank Wess が、リーダーを務めていた時期の、”Post” Count Basie Ochestraのものだということなのです。


さて、この映像を見た私、実は、Frank Wess がリーダーを務めていた頃の”Post ”Count Basie Ochestraの音源がCD・DVDになりどの程度発表されているのかと思い、ディスコグラフィ等・いろいろ資料を調べてみたのですが、そうした中で、なんとかドイツでこの映像の日本でのコンサートの演奏がCD化されているのをみつけたものの、これ以外には見当たらず、どうやらこの映像、結構貴重なもののようだということを知ったのです。


という訳でその貴重映像、続けてもう1曲。
それではBasie楽団と言えばやはりこの曲、

Frank Wess 率いる”Post” Count Basie Ochestraの演奏で、Basie 存命中のこのオーケストラのライブでのエンディング・テーマとして演奏されていた”One'clock Jump”の演奏をご覧下さい。















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20世紀を代表するエンターテイナー達、夢の来日コンサート☆ 本日の作品;vol.147 [デジタル化格闘記]

曇天の毎日が続いた今年の夏の始まり。
その日を遮る厚い雲の群れが去ったと思いきや、突如やって来た真夏の陽射し。
体も慣れぬ間もなく襲って来た猛暑の日々は、私のような老骨の持ち主にとって、かなりの厳しく辛いもの。

しかし、6月終わりから7月の間の長き曇天の日々から来る観測史上最長の記録的日照不足は、私のようなロートルには、1993年の夏、天候不順で低温が続きこれより冷害が発生、東北を中心に米の収穫が激減して日々食卓にのぼる米の入手が困難となった、平成の米騒動のことを思い出させることとなり、またそのような事態がまた来るのではと心配していたのところ、今度は一転しての好天とそこからそそぐ暑い日射し。
確かに体には堪えるものの、これで平成の米騒動ならぬ令和の米騒動は免れたと一安心。
やはり暑いとは言え夏の陽射しは生物の営みには欠かせないものと、今は積極的にその日差しを浴び(熱中症には注意して!)、自然に体を馴染ませ元気を養う日々を過ごしているところ。


とそんな毎日を過ごす中、これまで続けてご紹介して来た昭和の終わりから平成の初にかけてのライブ映像、これまで貴重な映像の数々の出会えたことから、以前より気付きながらも後回しにし来た”Super Concert”の見出しのついたビデオ・テープ。
「これ、何のライブ映像だったけ?Superと名があるならもしかすると掘り出し物かもしれない。」考え、そろそろ見てみなければと重い腰上をげテープをビデオ・デッキに差し込み見てみることにしたのです。
そしてそこに現れたのは、

SnapShot.jpg


この写真の3人による来日ステージのライブ映像。

何とその3人とは!!


世界的シンガーであり俳優のFrank Sinatra、Sammy Davis JrとLiza Minnelliの 20世紀ブロードウェイを代表するエンターテイナー達!!!

「あれ!!これは凄い。超大物の3人が共演来にしていたなんて」といつ頃の来日公演かと見て行くと、平成になって早々の1989年2月のテロップが出てきたのです。

これまでの記事にも1989年のライブ映像がよく出て来ているので、私が意図してその年のものばかりを選んでUpしているように思われるかもしれませんが、私としては恣意的にそうしているわけではなく、たまたま見つけデジタル化作業をしようとした映像がどういう巡り会わせか1989年のものばかりなってしまっていつという状況。

もしや、平成の神様に見入られてしまったのかと思うも、そのこと視点を変えて考えてみれば、この1989年という年はバブル景気の真っ只中、そうしたことからスポンサーもつき易くなっていたマスコミ側もそうしたイベントへの取り組みに積極的になっていたことの証左と思われ、その順風を受け平成となってさも早い時期に収録されたのが、このビッグ・エンターテイナーのライブだったのでは思えるのです。


それはさておき、

それでは20世紀を代表するビッグ・エンターテイナー3人のステージ、四の五の語るよりはということで、豊かな表現力で彼らの世界に見る者を否応無しに引きずり込んでしまうそのエンターテイメント力、まずはご覧いただくことにいたしましょう。



一部の隙もない見事なステージ・ワーク
セット一つないステージであるはずなのに、セットの組まれたミュージカル映画のワン・シーンが見ているような気にさえなってしまいます。

歌だけでなく3人の優れた演技力の成せる技なのか。
さすが、50年代60年代を席巻した、ブロードウェイの大エンタ―テイナー達だからこそのステージ、私も知らなかった曲ばかりの演目でしたが、すっかりその魅力に惹きこまれてしまいました。


さて、そうしたビッグ・エンターテイナー3人、といっても30年前以上前に活躍したアーティスト。若い方々の中には、エンターテイナー言えばMichael Jacksonなら知っているけどこんな人達は知らないという方も多いかと思いますので、ここで簡単にその彼らのプロフィールに触れておきたいと思います。

まずは、軽やかな動きとハリのある歌声を聴かせてくれていた小柄ではあるけれどその存在感をステージ一杯に見せていた黒人男性歌手のSammy Davis Jr。

1954年にレコード・デビューしたSammy Davis Jr、その類まれな才能によりその作品は大ヒットとなり、その後はミュージカル、そしてこの時期、既に米国の音楽界の重鎮的存在となっていたFrank Sinatraの評価を得、シナトラ・ファミリーの一員として映画界に進出、そのどこか剽軽さを感じさせるキャラクターのあいまって、スターダムの地位を築き上げたアーティストなのです。
特にその彼の芸域の広さは歌や演劇だけ留まらず、絶妙なリズム感から生み出されるタップダンスや時には
SinatraやMichael Jacksonの物真似までするほど、実に多彩なエンターテイメントで大いなる人気を博していたのです。
そしてその人気は日本でも、1973年に放映されたサントリーホワイトのテレビCM出演での絶軽妙な演技で、当時、お茶の間深くまで浸透していたことが思い出されます。



そして、紅一点のLiza Minnelli。
彼女は、1939年に上映されたミュージカルの名作”オズの魔法使”で主演のドロシー役を務めた 女優Judy Garlandの娘で、1963年にブロードウェイでのデビュー、1973年、映画『キャバレー』で主演を務め、アカデミー賞主演女優賞とゴールデングローブ賞主演女優賞をダブル受賞、その歌唱力と演技力が高い評価を受けているアーティスト。
この1989年の来日でも、ただ歌うだけでなく、さりげない演技を付加した立ち回りでその歌の背後にある情景や空気を漂わせていたステージは、さすが母と子の絆は争えないものと深く印象に残りました。



と、ここまで来れば、もう何にも語ることはいらないと思うのですが、最後に控える超大物アーティストの、Frank Sinatra。

1930年代に登場以後 生涯を通じアメリカの音楽界を象徴するシンガーとして、その頂点に君臨し続けた偉大なるエンターテイナー、若い方々でも音楽ファンであるならば、どこかでその名を聞いた記憶があるのではないかと思います。


と、拙いプロフィール紹介でしたが、何とか全員を語り終えたところで、次に進むはそうした彼らが織り成すステージ・サウンドの万華鏡世界。
この辺で、それぞれの豊かな個性溢れる世界、そのステージをご覧に入れることにしたいと思います。

この顔ぶれからして、まずは今も多くのファンに馴染まれているSinatraの世界から、と行きたいところですけど、やはり大御所から始めるのはいかがなものというところで、それはトリの楽しみに残し、当時のステージへの登場順に従って、まずはSammy Davis Jrのステージからご紹介して行くことにいたます。

それでは、剽軽な物真似からシリアスな歌の世界、そしてダンス、そうした彼の多彩な才能を秘めたステージ映像、とくとご覧ください。










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医学の日米交流を促進すべく催されたJazzの祭典☆ 本日の作品;vol.147 [デジタル化格闘記]

令和改元の日に偶然見つけた平成元年のジャズ・フェスティバルの映像に始まり、これまで昭和の終わりから平成の初めにかけて開催、TV放映された様々なジャズ・フェス関連の映像を4回に渡りご紹介してまいりましたが、5回目の今回は、再び1989年(平成元年)に戻って、5月の記事でご紹介したこの年のMt Fuji Jazz Festivalの翌月に日本武道館で開催された、Mind Medicine Jazz Festival〜face to face〜 の映像をご紹介したいと思います。

このジャズ・フェスティバル、これまでご紹介して来た当時催された数々のフェスティバルとは趣が異なってその母体は、日本が生んだ世界的医学者・野口英世博士の業績を記念し設立された米国財団法人野口英世医学研究所が、日米医学交流の促進を目的とした野口英世記念医療センタ-設立のため、その募金活動の一環として開催されたもの。

その呼びかけに参加したアーティストは、日本のMALTAを中心に、アメリカからManhattan Jazz QuintetとOscar Petersonトリオの一員として永きにわたりPetersonを支え続けて来たドラマーの Ed Thigpen率いるYoung Men & Olds、そして私がこのフェスティバルでそのプレイを見て以来、忘れられない存在となってしまった

Renee Rosnes SnapShot2m.jpg


この頃は新進気鋭の存在として頭角を現して来ていたピアニストのRenee Rosnesと、この時期、旬というべき存在だった面々の顔が並ぶ興味惹かれる豪華な布陣。


実を言うとこのビデオ、ここで見たRenee Rosnesのプレイを再び見たくてこれまで何度も探し続けてきたのですが見つからず、明けて令和を迎えた日に、巡り合わせ良く平成最初の年のMt Fuji Jazz Festivalのビデオを見つけることが出来たことから、これはもしかすると思い気を取り直して探したところ、これまでの苦労がなんだったのかと思えるほど簡単に目の前に転げ出て来たもの。
とっくに破棄してしまったと諦めてしまっていたものが出て来たこと、これも、令和の魔法のおかげとかなんとか私事をのたまいながら、恐る恐るこのビデオを鑑賞してみると、画像の状態も良く参加したメンバーのサウンドも想像以上の出来。

これは自分一人で楽しむものではないと思い、いつもの如く早速デジタル化作業に取り掛ることにしたのでした。


そうして、無事作業を終えたのが、こちらの映像。
まずは、私の敬愛する美貌のピアニスト、Renee Rosnesの演奏からご覧いただくことにいたしましょう。



女性らしいエレガントな佇まいと、透き通ったピアノの音色が心に染み入り体全体に広がって行くような心地良さを満喫した演奏、曲は、”I hear Rhapsody"でした。

さて、このフェスティバル参加の一組であったManhattan Jazz Quintet、実はこの時期のMJQは、このフェスティバルの少し前までChick Coreaのトリオで驚異のプレーを見せていたベースのJohn PatitucciとドラムのDave Wecklを新メンバーに加えたばかりの頃で、これが新メンバーによる日本初お目見えではなかったのかと思うのですけど、前回の”Tsumura Jazz”の記事で、1年後の演奏をご紹介したことでもあり、またPatitucci、Wecklの二人もこちらの演奏ではまだ加入したばかりとあってか、まだ固く、1年後のような自由奔放さはまだ見られない演奏だったためここでは割愛、それに代えて続いては、ジャズ・フェスならではの通常なら見られない顔合わせの演奏から、Renee RosnesのトリオとMJQのサックス奏者George Youngのコラボ演奏を、ご覧いただくことにしたいと思います。

ホーン奏者を加えてのRenee のまたトリオとは趣の違うその横顔、とくとご覧ください。






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昭和から平成のジャズ・フェス録画映像の中に残っていた、懐かしのCM映像☆ 本日の作品;vol.146 [デジタル化格闘記]

これまでの3回は、昭和から平成始めのジャズ・ライブの映像をご紹介してまいりましたが、今回は・・・・・・。

今ではこうしたジャズ・ライブの番組にお目にかかる機会は少なくなり、あっったとしてもNHKかWOW WOWというのが相場になってしまったように思うのですけど、実はこれまでご紹介して来た昭和の終わりから平成初めの映像の放映元はすべて民放からのもの。
このあたり、当時は容易にスポンサーがついたバブルの時代だったからということもあるのでしょうけど、民放というとやはりスポンサーありきということで放送に必ずついてくるのがCM。

実は、これまでご紹介して来た映像は、DVDもBDもない、まだアナログのビデオ時代に収録したものなので、当然民放の番組の収録とあってCMも録画されていて、それが現代のデジタルのように簡単にカット出来し再編集すれば映像の質の低下を招いてしまうことから、手を入れることもなくそのまま残していたのです。

ナベサダ KIRIN CM SnapShot.jpg


そうしたそれらのCM、今ではいつもCMなどさっさとカットしてしまいまともに見ることはない私ですが、しかし、それらの映像は皆アナログとあり、どうしても見ざるおえない状況から否応なし見るはめになってしまったところ、それらのCM、30年経った今見てみると、その時代背景を肌で感じれたり、またジャズ・フェスティバルのスポンサードならではの趣向があってなかなか興味深く面白いもの。、

という訳で、ジャズを楽しみながら見つけた印象に残ったCM、それらを選んでご紹介することにいたしました。


さて、これらジャズ・フェスティバルの放送のスポンサー、CMを見てみると中にはジャズとは無縁と思われる企業まで、実に多くの企業がCMを流していたことに驚かされるのですが、中でも目新しかったのは、この当時パーソナル分野にも広がりつつあった、コンピュター・メーカーのCM。

当時は最先端の感覚があったのですが、今見ると.................
一体どんなCMだったのか、まずはご覧いただきましょう。



浅香唯が登場する、沖電気のパソコンのCM。
今でこそ、沖電気のパソコンなんてどこにもありませんが、この当時NECや富士通以上にこの分野では評価の高い企業だったのですよ。

それにしても、初々しい浅香唯さんの姿が、今では陳腐となってしまった当時のパソコンのCMであったことを忘れさせ、色褪せることない魅力を放っています。


そしてお次は、
今では、ジャズ番組のスポンサーになるなんて、まずありえない企業のこんなCM。
どんな業種の企業が登場するのか、ちょと覗いてみて下さい。



東京証券のCMです。
ジャズの世界とはまったく別世界にある証券会社までもがスポンサーとなっている、バブルの時代ならでは感じさせる時代の一コマという感じです。

そう証券会社といえば、もう一つ。
バブル崩壊後、金融破綻の恐ろしさを国民に強く印象付けることとなったあの証券会社も、スポンサーとなっていたのです。



山一証券のCM。
後に、日本の経済を揺るがす大惨事を引き起こすことになる、そうした不安を微塵にも感じさせない、のどかかつ明日への希望さえ感じさせるCMですね。


さて、ジャズ・フェスとはかけ離れたCM映像ばかりをご覧に入れてきましたが、日本の企業は金儲けばかりに明け暮れる野暮な連中ばかりではない、日本の代表的ジャズ・アーティストを起用した、こんな粋なCMもありました。



日野皓正さんが登場するKIRINのCM。
1987年に放映されたものですが、この時期の日野さん、毎年山中湖の湖畔で開催されるMt.Fuji Jazz FestivalのTV収録では、演奏だけでなくインタビュアも務めるなど、共にかなり乗り乗りの様子丸見えで、このCMでもそうした様子が反映されなかなかの仕上がりとなっているように感じます。

そして、日野皓正さんが、登場なればこの人も.................. !!!





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昭和~平成!! 音楽の祭典 花盛り☆ 本日の作品;vol.145    [デジタル化格闘記]

ここまで、2回にわたり我家のビデオ・ライブラリーから発掘した平成始まりの頃のジャズのライブ映像をご紹介して来ましたが、今回も引き続きその発掘映像から。

1回目、2回目と結構お宝ともいえるLive映像を見つけることが出来、さらに柳の下には何かあるのではと続けていろいろあさってみたところ、気付かされたのは昭和の終わりから平成の初めに開催されていたジャズ・フェスティバルの数の多さ。

見つけ出したビデオを見てみると、その開催地は都市圏だけに及ばず、特に夏には高原や海浜などの全国のリゾート地など全国至る所で開催されていた状況が見えて来たのです。

今更ながらであはるものの、ずいぶん多くのジャズ・フェスが開かれていたのだなと驚き、あの時代の社会情勢を思い返してみると、時は日本全土が未曾有の好景気に湧いたバブルの時代。

音楽界もそうしたバブルの波に乗って全国津々浦々お祭り騒ぎが繰り広げられた結果、こうしたことになったのかなと考え、どこかにその残映が写っていないかと、もう一度それらフェスティバルの映像を見てみると、これこそ正にと思しきものを見つけたのです。



それがこの写真!!

Tsumura Summer Jazz '90 Stage View.jpg


いかがですか
見ていただき、このステージ、ちょと妙な所があるのわかりますか?





そう、ステージの両袖に設けられている大きな広告看板のようなもの!!
通常のライブでは、このようなものありませんよね。

そして、その看板、よく見てみると何かマークと”ツムラ”という文字が書かれています。
お察しの良い方は、もうお分かりかと思いますが、
これは...................、


バスクリンで有名な漢方薬品メーカーの”ツムラ”の社章と社名ロゴ。
それにしても、薬品メーカーとジャズ、あまり縁がなさそうな、ちょっとその結びつき、思い浮かないですよね。

そこで、その訳。
それは、この映像の中にあるのですけど.....



これは、1990年の夏に開催された、Tsumura Summer Jazzの、オープニングでの”ツムラ・イリュージョン・バンド”の演奏映像です。

さて、このバンドと”ツムラ”との関係、そのヒントは映像の中でのメンバー紹介にあるのですが、

そうです、紹介されたメンバーの一人、バンジョーを弾いていた方、
津村昭という名で紹介されていましたよね。

実はこの津村昭氏、”㈱ツムラ”の創業者一族の一人でこの時期の”㈱ツムラ”の3代目社長を勤めていた方なのです。

そこで調べてみると、
この頃の”㈱ツムラ”、多角化の一環としてフジサンケイグループが主催したサーカス等のイベントに協賛、「ツムライリュージョン」という名称で興行が行っていなっていたというのです。

そうしたことから、最初”ツムラ・イリュージョン・バンド”を名を見た時は「どうせ社長かなんかの道楽だろう!」とたかをくくってその演奏を見始めたのですが、見進んでいくうちに驚いたことにこのバンド、そこに参加しているアーティストの顔ぶれの凄さ!!!!
クラリネットの北村英治と藤家虹二、トロンボーン 薗田憲一、テナー・サックス 松本英彦、ピアノ 前田憲夫、ドラム ジョー川口等、当時の名高い日本の超一流どころが顔をそろえていたのです。

これだけのアーティストが一堂に会し一緒に演奏するなどというのは、なかなか珍しい出来事。

これは、かなりの本気モード、となれば津村氏のバンジョーもと思い、そちらにもじっど耳を傾け聴いてみると、これまたなかなかの腕前のよう。

となれば、この後に続く出演者の顔ぶれもかなり期待できそう、こうした多くのアーティスト集うフェスティバルでは、レコーディングや一人のアーティストの単独コンサートではお目にかかれない、珍しい顔合わせによる演奏が見れるものと、引き続き見て行くと。

そこで出会ったのがその珍しい顔合わせ、それもかなり珍しい貴重なもの。
それは、そのアーティストが好きで彼らのディスコグラフィを度々チェックしていた私も、ここで初めてこの二人が一緒に演奏をしているのを見、聴いたもの。

ということで、その超珍しい顔合わせによるピアノ・カルテットの演奏、引き続きご覧いただくことにいたしましょう。





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サウンドに革新をもたらした男、在りし日の熱きドラム・プレイ;Elvin Jones in Japan '91・本日の作品;vol.144   [デジタル化格闘記]

前回の記事でご紹介した、30年前のライブ映像。
思いのほか、状態も良く演奏も質もかなり良かったことから、ならば他にも何かあるかもしれないと、柳の下には、もうドジョウはいないかもと思いながら捨てる気でいたビデオ・テープの山を再度物色してみたのですが、もうないと思った柳の下から、また1本。

そのライブ映像さっそく視聴したところ、ほぼ同時期のヨーロッパでのLive音源はCD化されていいるものの、映像としては市販化されていないものようで、その上画質も演奏の質も良かったことから、再びデジタル化作業かかることにしたのです。


ところが、作業をを始めてしばらくして、ひょっこりと顔を擡げ出て来たのが、ここ数年沈静化していた持病の悪化。
当初は、これまでと症状が違っていたことから何の病かわからず、軽い夏風邪かな程度と思っていたのですが次第に発熱、とうとう高熱が続くようになり医者に通うもなかなか快方に向かわず、その原因突き止め適切な投薬開始となるまで結構時間がかかってしまい、10日間余り寝たきり状態となってしまったのです。

体質病なので、完治しても再発すると医者からは言われ気を付けているのですけどね、おかげで記事の更新もまた1ケ月ほど滞ってしまうことになってしまいました。



とは言いながらもなんとか床を離れられるまでに回復、そこで作業再開、そうしてデジタル化作業を終えた、その映像を、今回は、またひとつご紹介したいと思います。


そのプレイを捉えたアーティストは、現代ドラムの技法を大きく変え後進に多くな影響を及ぼしたドラマーのElvin Jones。

elvin jones.jpg


そして、この写真がドラムを叩くElvinの姿。
この迫力の面構え、これだけでもおのずから革新手的と言われた白熱の彼のドラム・プレーへの期待が湧いて来るのではないかと思います。

2004年に他界(享年76歳)してしまった彼ですけれど、Elvin Jonesといえば、60年代ジャズを革新を起こし、その後のジャズに大きな影響(ジャズをおかしくしてしまったという方もいらっしゃいますが)を残したジャズ史上にその名を深く刻まれたあの名高いJohn Coltraneの黄金のカルテットのメンバーとしてMcCoy Tyner(ピアノ)、Jimmy Garrison(ベース)共に、強烈なパワーで炸裂し続ける圧倒的なドラム・プレーで、その一翼を担い、新たなジャズの流れを築くに多い貢献したアーティストとして、その名を思い出す人が多いのではと思いますが、今回掲載した映像は、1966年、フリーの道に足を踏み入れだしたColtraneと、目指す音楽の方向性の違いから袂を別ったElvinが、その後独立、1980年代になって結成したグループ”JAZZ MACHINE” の1991年来日時の東京・青山Blue NoteでのLive。

そこで見るEllvinは、リーダーとして、Coltrane時代のようなひたすら他を圧倒するよう激しいプレーからは一歩身を引き、個々のメンバーの動きにも気を配りつつ彼らの主張も受け入れながらグループとして、その音楽の奥行きを築いて行くかのようにも見える、そのドラム・プレーが聴きどころと思えるもの。

まずは演奏をご覧いただく前に、在りし日のElvinがこの来日時に、その”JAZZ MACHINE”に訥々とその胸の内を語っているインタビュー映像がありましたので、このグループにかけた彼のその意気込み、そこから始めることにいたしましょう。



音楽という表現手法で、多くの人々との密な心の繋がりを築き、共にその音楽を深めていこうしている彼の姿勢が良くわかる映像だったのではと思います。

それにしても、前掲のElvinの写真で感じた彼の印象、実は、私もその昔初めてColtraneカルテットでプレイする彼のポートレイトを見た時は、随分恐ろしげな人とだという印象を受けたのですけど、このインタビュー見て、その言葉一つ一つに音楽に対する熱い情熱と、人を引き寄つけてやまない無限の暖かさが、そのシャイな表情の中から見えて来る、そのことに、私自身もあらためてElvinというアーティストの偉大さを知ることになったのです。

さて、この映像をご覧いただきElvinの音楽にかけるその意気込みを感じていただいたたところで、今度はその演奏映像、この辺で1曲ご覧いただきその真髄、味わっていただくことにいたしましょう。









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令和の曙に見つけた、平成のJazz・Live事始め (平成Live映像 発掘記) 本日の作品;vol.143  [デジタル化格闘記]

平成から令和への改元を迎え、多くの人が10連休の恩恵に預かった今年のゴールデン・ウィーク。

私も、中1日の出勤はあったものの、珍しく9日間の休みをとることが出来たのですが、仕事柄、元来、平日に数日間の休みを取らなければならなく身、そうしたことから、こうした時期、どこへ行っても人ばかりでわざわざ疲れに行くようなもの、こんな時あえて人ごみの中に出掛けることはない、また人の少ない平日に行けばいいと、実家に行き、亡くなった父の遺品の片付けをすることにしたのです。

そうしたところ、出て来たのが古いVHSビデオテープ・デッキ。
ちゃんと動くのかと状態を見たところ、どうやら問題はなさそう、我が家のデッキは壊れてしまったしということで、家に持ち帰りさっそく、我が家のAV機器と接続、仕舞ってあったビデオ・テープの中から手に触れたものを内容も確認せずに取り出し視聴したところ、綺麗に再生できたことに一安心、ところが、そのビデオの収められていた映像、それを良く見てみたところ、そこに収録されていた内容にビックリ!!

なんと、それは、当時富士山の麓にある山中湖の湖畔で毎年8月に行われていたマウント・富士 ジャズフェステバル、それの1989年(平成元年)開催の映像だったのです。

このフェスティバル、1986年に始まり、ジャズの名門レコード・レーベルBlue Noteレコードに所縁のアーティストによるジャズの祭典として2004年まで続いていたものなのですが、よりにもよって平成から令和に変わったばかりの5月の1日に今から30年も前の平成元年の映像が出てくるとなんて!!!。

ましては、1989年のこのフェスティバルは、Blue Noteレコード創業50周年を記念するとういう一つ時代の区切りなるものだったというのです。

改元の偶然だけでなくジャズ史の面からも貴重と思えるこの代物との唐突ともいえるその出会いに、ただの奇遇とは言い切れない何か運命的必然性が宿っているように思え、これは何としてデジタル化し残さねばならないと、それまでやっていた自宅に持ち込んだ荷物の片付けもそっちのけにして、さっそくその作業にかかることにしたのです。

mt fuji jazz festival 89.jpg


そして作業完了、大いなる期待を胸に視聴してまず感じたのは、このフェスティバルに出演したアーティストの顔ぶれの豪華絢爛さ。
Chick CoreaやGeorge Adams、Ralph Peterson等といった、ちょうどこの時期に制作したスタジオ・レコーディング作品が高い評価を受け、時代の潮流として活躍脚光を浴びていたアーティストの面々が日本の誇る美しい富士山麓の自然の下に、集結したと言ってもいいほどの凄さ。

忙しくスケジュールを合せることがかなり難しいと思われる面々が万障繰り合わせ、遠く離れたこの極東の地に集結していたということにまず驚き、ここで彼等がいかなるプレーを繰り広げたのかそのことに大いに興味をそそられて、全編を腰を据えこの30年前の饗宴の鑑賞することにしたのです。

そして視聴の結果は!!
さすが名だたるアーティストの饗宴、レコード・CDには残されていないアーティストの顔合わせによる演奏やこのフェスティバルでの再会を喜ぶその様子などが見られるなどその内容の豊富さ、そして演奏自体の質の高さに釘付けの状態となり、あっという間の2時間を過ごすことになってしまったのでした。

とにかく、どのアーティストの演奏も、この時期高い評価を受けていたスタジオ作品の出来を凌ぐ良質なものだったと感じたのがその感想、これは一人だけで楽しむだけではもったいない。

やはり、これは多くの人に見ていただかねばと考え、デジタル化作業に加え今回はそのLive映像の一部をUpすることいたしました。


最初の演奏は、親日家でも知られ、このフェスティバルにも、1989年までに開催された4回のうち3回に来日出演をしていた、40年の長き渡りジャズを牽引し多くの有能プレヤーを世に送り出してきたジャズ界の大御所的存在となっていたドラマーのArt Bleakyの演奏から、ご覧いたくことにいたしましょう。
 
曲は、Bleakyといえば”Mornin'”思い浮かべる方も多いかと思いますけど、フェスティバルと言えば欠かせない、それに並ぶ彼の名曲!!

”Blues March”からお聴きいただくことにいたしましょう。











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北欧の地に降臨した熱きバップの息吹;Jackie McLean ・The Meeting 本日の作品;vol.142  [デジタル化格闘記]

桜は満開を迎えたというのに、また冬に戻ったのではと思われる寒さに襲われることもあった今年の4月(卯月)。
おかげで例年なら、その見ごろ儚く短いもので、日々日常に追われ気付いたときには既に散ってしまっていたという思いのある桜の花も、今年は長い間、花を散らすこともなく、春の幕明けを彩り我々の目を楽しませてくれたものでしたが、そうしたこと思い出しながら今を見つめてみると、早いもので月はまもなく5月。

特に今年4月は平成も終わりの月ということなのか、この時期に来てようやく陽気の方も落ち着きみせ始め、暖かな陽射しが降り注ぐ日々が毎日続くようになった昨今、こうした情勢が訪れると、どういう訳か聴く音楽の方も元気でパワフルなものが欲しくなってくるもの。

そこで今回は、3月に紹介したKenny Drew作品を聴きながら記事をしたためた時に脳裏をかすめた、もう少し暖かくなってから聴いたなら、あらためてその良さの神髄がわかるのではと感じた、 Drewが参加したこんな作品を選ぶことにしてみました。

jackie mclean dexter gordon the meeting.jpg


それがこれ!!
アルトサックス奏者 Jackie McLeanの1973年の作品”The Meeting ”です。


本作は、1940年代末期に登場、Miles Davis、Charles Mingus、Sonny Clark、Mal Waldron等、50年代を代表するアーティストと共演、その彼等と共にこの時代を代表する数々の名作に数々の足跡を残してきた50年代を代表するアルト。サックスプレーヤーのJackie McLeanが、1968年に一旦活動を休止した後、72年にカム・バックを果たした直後のデンマーク、コペルハーゲンにあるクラブ モンマルトルでのライブでの彼のプレーを収めたもの。
相対するメンバーとして、一足早く欧州に渡り新境地を切り開き、当時脂の乗り切ったプレーを展開していたバップ期を代表するテナーサックス・プレーヤーのDexter Gordonや、そのGordon同じく60年代にアメリカより欧州に渡り在住、このライブの行われたデンマークはコペルハーゲンにあるクラブ モンマルトルのハウス・ピアニスト的存在になっていたKenny Drew、そしてその相棒であるデンマーク出身のベーシストNiels-Henning Ørsted Pedersen等、最良のメンバーに囲まれて、なんら縛られることのない欧州の空気の中で思う存分自分たちのジャズ、華やかなりし往年バップを歌った作品がこれなのです。

といいながらこの私、そもそもこの作品を手に入れたのは、McLeanやGordonのプレーが目当てではなく、コペルハーゲンに移ってからDrewのピアノが聴きたかったためで、しかしながらその当時は、サックスが2本フロントを飾る編成のサウンドはあまり好みではなくむしろ苦手としていたことから、Drewのピアノは聴き良いなあと思ったものの、演奏の大半を占めるサックスのプレーが小うるさく感じられてしまい、この作品、その後はとうとうじっくりと聴かずじまいでこれまたお蔵入りにしてしまっていたものなです。

さて、そうした経緯で久々に聴いたこの作品、その昔小うるさく感じた二人のサックス・プレイ、アルトとテナーの違いはあるも、共に硬質な音色でどちらかというとゴリゴリ吹きまくる印象のこの二人、私のいいかげんな記憶の中では、互いに煽りまくり白熱の余り自己を顕示するかのようなオーバー・ブローに陥ってしまい、聴かされる側としては、しまいにシラけてしまう、そうしたものであったように思っていたのですが、あらためて耳を澄まして聴いてみるとさにあらず。

McLeanもGordonもソロに入ると次第にヒート・アップして行き、かなり熱きサウンドを放っている様が聴き取れるのですが、そこでオーバー・ブローに陥ることなく互いに自己の持てる技を駆使しして真正面からぶつかり合っている、そんな様が聴こえて来たのです。


というところでその演奏、ここで耳傾けていただき、その真偽、確かめ味わっていただくことにいたしましょう。

曲は、”All Clean”です。








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Be BopとCoolの融合;Dizzy Gillespie:Stan Getz・ For Musicians Only [音源発掘]

200年ぶりとも言われる天皇陛下生前譲位を祝うかのように満開となった桜の季節に発表された新しい元号”令和”。
そうした、命はぐくむ春の訪れと共に告げられたこの新しい時代の名前に、何かわくわくとしたものを感じる今日この頃ですが、今回も当ブログ、これまでに引き続き、”その昔聴くも、長い間我ライブラリーに眠ってしまっていた作品”発掘”のお話。

今回選ぶことにしたのは、新年早々拝見させていただいたログ友さんのStan Getzの記事からの教示を受け、もう一歩踏み込んでこのGetzというアーティストを聴き語てみたい思い、いざ語ろうとしたところ、考えてみると私がこれまで聴いて来たGetzの作品というと、60年代ボサノバで一世を風靡してからのGetzの作品が中心で、それ以前のものは余り真剣に聴いていなかったことに気付き、これでは語るには片手落ちと茫然。
やはり何か語る以上ボサノバ以前のGetzもしっかりと聴かねばということで、ライブラリーの奥底に眠っていたボサノバ以前のGetzのワン・.ホーン作品や、Verveレコードの残した数々のセッションを聴きあさり、なんとか語れるようになった中、これはと思ったのがこの作品。

Dizzy Gillespie For Musicians Only.jpg


モダンジャズの礎を築いた巨匠の一人としてその名を知られるトラペッターのDizzy Gillespieの1956年の作品である”For Musicians Only”。

「これ、Stan Getzのリーダー作品じゃないでしょう。」と思われるかもしれませんが、この作品を選んだのは、50年代のGetzをいろいろ聴いてみて、彼がリーダーとして吹き込まれた諸作品、確かにビ・バップの後を受けて生まれたクール・ジャズの旗手として、甘い美しい音色で知的なサウンドを奏でるその演奏は、柔らかく穏やかなやすらぎを感じさせてくれるものでありながら、それだけに終始せずソロで見せる類まれな感性のこもった心地よさを伴うそのサックス捌きの見事さは、どれも聴き語るに値するものがあると思えるものの、Verveレコードにおける既にクールの後を受け誕生したバップの洗礼を浴びた黒人ミュージシャンと白人である彼とのセッションでは、そのソフトなフィーリングの輪郭を保ちながらも、それに力強さとスリリングな音の交差が加わり、彼のリーダー作品にはなかった凄みが感じられたところに惹かれてしまい、選ぶなら、Verveレコードの作品の中からと考えるようになってしまった次第。

そして中でも選んだこの作品、パワーとスピード感溢れるジャズとして、現代ジャズの扉を開いたビ・バップ・ジャズの名曲が収められているだけではなく、ビ・バップ・ジャズの旗手である巨匠Gillespie とクール・ジャズの旗手Getzとの融合が、新しいビ・バップ・サウンドを生み出、現れたように感じ、この作品をチョイスすることとに相成った訳なのです。

それでは、そのBe BopとCoolの融合、早速、聴き始めることにいたしましょう。
曲は、そのものズバリ”Be-Bop”です。







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