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和製ポップスのパイオニア 逝く [音源発掘]

最近続く、私の幼少期から少年時代にかけて、その音楽嗜好に大きな影響を与えた日本のテレビ放送草創期、その時代に登場し活躍した人々の相次ぐ訃報。

5月には、世界の富田こと富田勲さんが亡くなり、私も記事に書いたばかりだというのに、今度は永六輔さん、大橋巨泉さんと...........[右斜め下]
自分がそれなりの年齢となったのだから、それが世の常だとは思いながら、これだけ続くと少しばかり気が滅入ってくるのも事実。

と書くと、永六輔さんは作詞家、大橋巨泉さんは司会者として活躍した人で、あなたの音楽嗜好とどう関係があるのといわれそうですけど..........。

その影響の一つは、”上を向いて歩こう”や”こんにちは赤ちゃん”、”遠くへ行きたい”の作詞者として有名な永六輔さん、この六輔さんと当時コンビを組み、これら曲の作曲をしたのは中村八大さんという元ジャズ・ピアニストの方なのですが、ある日、なんの番組だったか覚えていないですけど、TVで八大さんが”こんにちは赤ちゃん”をピアノで演奏しているを見たことから、ジャズのピアノが気に入ってしまったこと、そのことが後に私がジャズに親しむようになった大元のように思われることがあるのです。

そして大橋巨泉さん、この方はそもそもジャズ評論家だった方で、私も、この人の話の影響でElla FitzgeraldやSarah Vaughanなどのジャズ女性ヴォーカリストの存在を知り聴くようになったのですが、それより以前の
1960年代中頃、TVにて大橋巨泉さんの総合司会で放映されていた、洋楽ポップスのヒット・チャートを紹介していた番組、”ビート・ポップス”が、それまで音楽にさほど興味なかった私に、多くの海外のアーティストとの触れ合いの場を提供し、洋楽の世界に興味を持つきっかけを与えたくれたということがあるのです。

その”ビート・ポップス”という番組、それは今でいう、”ベスト・ヒット・USA”のようなものなのですが、この番組で私は、The Beatlesは基よりThe Rolling Stones、Jimi Hendrix、Creamといった、現在もその偉業を称賛され続けるアーティストに出会うことが出来、六輔さんの活動も合わせ、そのお二人が、私のその後の音楽嗜好の形成に大きなく影響を及ぼしたと思えるのです。




そして、もう一人、永六輔さんの訃報と同じ日に報じられたこの人の訃報。

伊藤エミとユミ 双子の姉妹による女性デュエットのザ・ピーナッツ 。

ザ ピーナツ.jpg


そのピーナッツ姉妹の妹さんの方の伊藤ユミさんの訃報。
お姉さんのエミさんは4年前に71歳で既に亡くなっているのですが、このユミさんが逝ってしまったことで、TV画面越しにも、何か混沌した流れの中で、満ち溢れる熱い思いが見えた時代のスターが消えていった、既に時代の流れは大きく変わってしまったのだと、そのことを深く痛感してしまうのです。

そして、あらためて考えさせられてしまったのは、日本における和製ポップスの源を育んで行った彼女らの功績の大きさ、そこで今回は、そのピーナッツの歌を中心に、私が子供の頃に接した日本のポップ・ミュージック草創期を旅旅してみたいと思います。










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ドラム・ロールの音も高らかに;Live at Sweet Basil: Art Blakey and the Jazz Messengers [音源発掘]

さて、今回の記事は再びいつもに戻って、音楽のお話。

前回の記事でも最後のところで、元気が戻って来たところで、ここのところパワーをもらっているシンフォニッック・メタルのサウンドで締めくくりましたが、今回取り上げたのは、メタルでもらったパワーを年相応の乗りにして開花させてくれているジャズ作品。

それが、この音楽!!



曲は、今やジャズのスタンダード・ナンバーとなってしまった名曲、Art Blakey & The Jazz Messengersの”Moanin'”。

この曲発表前のBlakey、元々黒人たちが生み出した20世紀の音楽ジャズ、ところが、1950年代初めには、ウェスト・コートの白人たちの手によるクール・ジャズにその主導権をとられてしまっていたのを、1954年にHorace SilverやClifford Brownと共に旗揚げをして、イースト・コート・ジャズの幕開けを切り開き一躍、世の脚光を浴びるのですが、その後、盟友 Silverと袂を分かってしまたっことから、Silverは着実にその人気を伸ばしていったのに対し、Blakeyは鳴かず飛ばず状態に陥ってしまっていたのです。


そうした中、彼が再起をかけ、新メンバーで立ち上げたThe Jazz Messengersで演奏収録したのがこの曲。

当時世に出るや、ジャズの枠を超えた空前のヒット曲となり、日本では蕎麦屋の出前までもが、出前のそばを肩に乗せて自転車に乗り、口笛でこの曲を歌い走っていたというくらいの現象が起きるほどになっていたのだとか。

img048.jpg
                 

と言っても 今の方には、自転車に乗った蕎麦屋の出前と言われてもピーンとこない方が多いと思いましたので、その姿を見ていただこうと探したのがこの写真。

どうです!! まさに職人芸の世界ですよね。
このスタイルで、”Moanin'”のメロディを口笛で吹きながら走るなんて、実に粋だと思いませんか。

しかし、今これをやったなら、自転車危険運転と見なされで警察屋さんに捕まってしまうのでしょうけど。
なんとも、せちがらい世の中になってしまったものです。


話は横にそれてしまったようですけど、再び”Moanin'”!!......

そうしたジャズにしては空前の大ヒットとなったこの曲、それによってBlakeyは、当時のジャズ・シーンにおいてファンキー・ジャズのパイオニアとして再び大きな脚光を浴びるきっかけを掴むことになり、彼のThe Jazz Messengersは、その後のジャズの歴史に大きな足跡を残して行くことになったです。


さて、この”Moanin'”、初お目見えはあの名盤の誉れ高い、Blue Note 盤の同名タイトル盤の演奏なのですけど、今、ここでご聴いていただいた ”Moanin'”は、また別格の曰れのあるもの。

聴いてお分かりだと思いますが、音楽と共にその音楽に酔いしれ騒ぐ聴衆の声も聞こえてくることでお分かりだと思いますが、ライブ録音であるこの演奏、1958年、フランスはパリの Club Saint-German での様子を捉えたもので、実はこの演奏に限ってのみ、曲のタイトルは”Moanin' With Hazel ”とクレジットされている演奏なのです。


となると、追加されたWith Hazel というは、一体何なのか?
それは、女流ピアニストでシンガーのHazel Scott のこと。

と知ると、Withとあるので、ここに彼女がピアニストして参加共演しているのでは、と思われるかもしれませんが、そうではなく、彼女は単なる観客としてここに居合わせていただけ、それがどうして、”With Hazel”と冠されることになったのかと、次々疑問が湧いてくるのではないかと思います。

そこで、この演奏をよく聴いていただくと、演奏のバックからテンション高く叫び声を上げている女性の声が聞こえてくるのが分かるかと思います。

実は、この声の主が、Hazel Scott 。

音楽に陶酔し客席から奇声を上げ続けるHazel 、バンドの演奏の方も、その熱波を浴びてますます燃え上がり過熱して行く様子が聴き取れます。
そしてそのHazel、最後には興奮の頂点にまで上り詰め、感極まって”Oh Lord have merry!"(おお、主よあわれみを!)と叫び声を上げるのですが、その様子がこの録音に見事にキャッチされ、そこからこのWith Hazel のタイトルがつくことになったのだとか。
それにしても、この曲の作曲者Bobby Timmonsのピアノは圧巻。 

まさしくジャズの醍醐味を堪能させてくれる極めつけの”Moanin'”。
バンドの演奏の熱気が観客に伝わり、その乗りの陶酔感が、さらにバンドを刺激し予期不能のサウンドを呼びよせている。

この演奏で、またジャズの面白さ少しでも知っていいただけたらと思います。


さて、ここまで書いて、今回取り上げる作品はというと.................#%%

長々と、 Club Saint-German の”Moanin'”のことを書いたので、そのライブの模様を収めた”Art Blakey: At Club Saint-German”とくるのではと思われるかもしれませんが、あにはからんや。

今回取り上げるのは、この作品。

live at sweet basil art blakey & the jazz messengers.jpg


1985年3月24日 ニューヨークにあるジャズ・クラブ”Sweet Basil”でのライブを収めた”Live at Sweet Basil: Art Blakey and the Jazz Messengers” 。

私自身、Jazz Messengersは60年代初頭まで全盛期だ思い、長い間その後の彼らの演奏を聴こうとしなかったのですが、80年代に入り出現した私のお気に入りとなったアーティストの多くが、Jazz Messengers出身者であったことを知り、聴いたのがこの作品。

最近、また聴き直してみたところ、50年代60年代のサウンドとはまた異なったフレッシュさを感じさせてくれるこの作品に惚れ直し、ここで取り上げることにしたのです。

と言うところで、Blakey以外は、すべて新しい顔ぶれによるJazz Messengersの演奏で、名曲”Moanin'”、
まずはその聴き比べから始めることにいたしましょう。





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巨人への道をまっしぐら!!:John Coltrane・Soul Trane [音源発掘]

なにかと、鬱陶しさが気になる今日この頃、先月、急な発病で小学生以来の入院となってしまった私、病状はたいしたこともなく5日間の病院暮らしで済み、病変は取り除き、容態は回復したものの、短いとはいえ病院のベット暮らしで体力の方がかなり落ちてしまったよう.
これまでのように動くとすぐ疲れてしまう状態がしばらく続いていたのですが、先日、退院2週間後の検診受けたところ、病状はほぼ回復のこと。

しかしながら、これからの季節は、何と言っても体力が勝負。

完治宣言を受けたとは言え、まだ体力が完全に戻っていないことから、しばらくはあせえらずじっくり腰を据え体力作りに励まねばと考えたところで、今回の記事で取り上げるアーティストは.........!!

50年代半ばに音楽シーンの表舞台に登場し、67年に亡くなるまでの僅か12年間の間に、新時代のジャズを築き上げ、多くのアーティストを魅了し追随さししめたこの偉大なるミュージシャン。

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そう、今やジャズを語るに欠かすことできないジャズ世界の大巨人、今回は、そのサックス・プレヤーであるJohn Coltraneの作品を取り上げようと思います。

そこで、選んだ作品は........、

普通Coltraneというと、60年代 Impulseレーベルに残されたモード・ジャズの世界創造に邁進した頃の諸作品が話題になることが多いのですが、今回取り上げたのは、それ以前、斬新な奏法を模索しながらも、まだ50年代バップの衣装を身に着けたPrestigeレーベルのColtrane。

1958年制作の”Soul Trane"を選ぶことにしました。

soultrane john coltrane.jpg


さて、この作品を選んだのは、1940年代半ばより活動をするも、全く無名の存在だったColtraneが、1955年、Sonny Rollinsの後釜として抜擢、Miles Davis Quintetへの参加によって、彼の名は知られるようになった一方、当時の彼の力量は、Rollinsに到底及ばないものだったことから、「あんな、テナー奏者、早く辞めさせろ!!」との罵声を浴びながらも研鑽を積み、MilesがGil Evansとの活動のため、このQuintetの解散をする直前までには、見違えるほどの成長を遂げ次世代を担うアーティストとしての片鱗を覗かしていた。

そして、さらにはその翌年の1957年、Thelonious MonkのSeptetに参加、そこで、Monkの指導により、その後の彼のスタイル、歩み決定づける、楽器の奏法や音楽に対する、多くの啓示をここで得ることになった、そうした後の世に偉大なる足跡を残したア-ティストの黎明期の息吹を聴きたいと思ったからなのです。

偉大なる二人のアーティストから多くの教示受け迎えた翌1958年 ソロとして活動を始めたColtraneは、、かってのMiles Quintetでの盟友でピアニストのRed Garlandの斡旋でPrestigeレコードと契約、リーダー作品の制作を開始することになるのですけど、ここ挙げたこの作品もそうした巨匠の黎明期の息吹が感じられる1枚。

凡庸なアーティストでしかなかったColtraneが、Miles、Monkという偉大なるジャズの両巨頭から、極めて実践的かつ厳しい教示を受け、自らも研鑽を積み重ね彼独自のスタイルと音楽手法を築き上げていった、そうした意味で、このPrestigeレーベルからのリーダー諸作品は、Davis、Monk、二人の巨頭の手によって見出された天賦の才を、留まることない努力の継続よって開花させつつ、自らの始発点を築き、バップ・ジャズの様式の中に次の時代のサウンドを暗示を提示したようにも考えられ、その作品群にあって、中でもこの”Soul Trane"は、興味深い作品の一つだと思うのです。



と前置きが長くなりましたが、偉大なる巨人の音楽探究の出発点で生まれたサウンド、、この辺で一曲聴いてみることにいたしましょう。





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日本の叡智が切り拓いたシンセサイザーの未来 [音源発掘]

今回の記事は、まずこの音楽から..........!!



ご存じですよね、NHKの長寿番組”きょうの料理”のテーマ曲。

いきなり、”シンセサイザーの未来”というタイトルなのに、のっけに何でこの曲が登場したのかと思われるかもしれませんが、ちょと画面の右上を見てください。


”富田勲”とあるでしょ。


そう、この曲、先日亡くなった世界の富田で名高い、作曲家 富田勲さんの録音処女作となった楽曲なのです。


その作曲のいきさつ、2013年に富田さんが出演したラジオ番組のインタビューよれば、

それは今を遡ること60年ほど前の1957年こと。
明日から、番組収録開始という日の前日、NHKのこわい部長さんの「テーマ曲を入れろ!!」という鶴の一声から、急遽、作曲家を探したところ、たまたまNHKの建物の一室に居た富田勲氏に声がかかり、当時内幸町にあったNHK放送局の屋上のプレハブ小屋で一気に書き上げたのが、この曲だったのだというのです。

そして、さらに面白いのが今やマリンバの定番曲となっているこの曲にその楽器が使われた経緯、作曲家が見つかったところで、曲よりも先に、とにかく明日の収録までには音源を確保しなければならないということで、館内を探し回ったところ、これもまた、たまたま居たのがマリンバ奏者だったからなのだとか。

まな板の上で食材を切る音を模したパーカションにはウッド・ブロックを使用、これも当時まだ貧しかった日本、食材どれもが皆堅かったことから思いついたものなのだとか、しかし、これが料理番組のテーマ曲として絶妙の効果を上げているのです。
なにはともあれ、60年の長きに渡り日本国中で愛聴され、料理番組といえばこの曲のメロディが脳裏をよぎる、その親しみ深い曲が、こんなドタバタ騒ぎの中で出来たとは実に驚きです。



そうした逸話が残る富田勲、ご存じのとおり世界的なシンセサイザー・ミュージック・クリエターとして知られているアーティストですが、その始まりは1974年に発表したフランスの印象派の作曲家ドビュッシーのピアノ曲を素材にした作品の”月の光”。
私も発表直後、友人に紹介されこの作品を聴いたのですが、その頃、シンセサイザーと言えば、海のものか山のものかもわからず、ジャズ・ピアニストのCarla Bleyやロックの分野ではEK&PのKeith Emersonあたりが、新たな音源として使用し始めたばかりの時代。

ところが、富田は、元々水彩画的な視覚要素が強かったこのピアノ曲を、この頃やっとハーモニーを発することが出来るようになったばかりのシンセサイザーを使い演奏することで、さらに立体的臨場感と体感的質感を付加さししめ、異次元のサウンドに仕立て変えていた、そのことにいたく驚かされたものでした。

事実、当時のその衝撃は私ばかりではなく、その年に日本人として初めてグラミー賞にノミネートされたことでもわかるように世界を驚かすほどのもので、それまで国内では、NHK大河ドラマ、ジャングル大帝、リボンの騎士等のテーマ曲の作曲家として知られていた富田を一挙に世界の富田へとその頂点に登りつめさせてしまったのでした。

そしてその後は、その期待の波に乗りムソルグスキーのピアノ曲の”展覧会の絵”や、ストラヴィンスキーのバレエ組曲”火の鳥”、ホルストの組曲”惑星”などを題材にしたシンセサイザー作品を次々と発表、着実にシンセサイザー音楽のパイオニアとしての地位を固めて行くことになるのですが、今回取り上げる作品は、それらの作品の一つの集大成とも思えるライブ作品。

1984年、オーストリア都市リンツを走るドナウ河の壮大な水面を舞台にした演奏を収めた”MIND OF THE UNIVERSE"を取り上げようと思います。

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そのスケールの大きさ、それは川幅300mもあるドナウ河の両岸四方にPAが仕掛けられ、その中央の川面にはそれぞれのパートのソリストが登場し演奏、さらにその空中には円盤までもが登場し立体的音空間を生み出していた、三次元空間をフルに活用した前人未到空前絶後の大舞台。

私は、この演奏を当時、TVで視聴し、そのスケールの大きさと精緻に組み立てられた演奏プログラムで綴られた富田の世界、その進歩に再び驚かされたたのですが、その当時の映像がありましたので、この辺で、その空前絶後の演奏会の模様、まずはご覧いただきたいと思います。











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スーパー・スターへの扉を開け!!;Elton John・僕の歌は君の歌 [音源発掘]

ここのところ選び来ている作品、これまでの記事を見ていただければお分かりかと思いますが、かなり古い作品ばかり。
今年1~3月は、仕事の方は昨年年末にかけてかなりハッスルしてあらかた片づけてしまったことから、ゆとりのある日常に戻れるはずだったのですが、いざ蓋を開けてみるとあにはからんや。
突然、そこに襲い舞い込んで来た仕事の嵐の波。

手に入れた新作、そのサウンドをゆっくりと味わおうかと思っていた矢先の不意打ち、心のゆとりもなくなり、音楽に集中することも出来なくなってしまっって。

そこで、気楽に接することが出来る音楽をということで、若い時に聴き親しんでいた作品を聴いてみることにしたのですが、久しぶり耳にしてみると、リラックスした雰囲気に浸りながら活力が湧いてくるような気分が得られ、時にはこれまで気付かなかった隠し味をみつけたりと、そんなことからその試みにすっかり嵌まってしまったのです

そのこと、今年に入ってからの記事を見ていただいてもお分かりかと思いますが、今回もその若い時に聴いた作品からの1枚、60年代の終わり登場し、瞬く間にスーパースターの地位に上り詰めてしまった、このアーティストのこの作品のお話をしたいと思います。
そして選んだのが、

Elton John (album).jpg


Elton John 、スーパー・スターへの飛躍の原点ともいうべき2作目の作品、1970年発表の”Elton John (邦題;僕の歌は君の歌)”です。

日本では、英国でのリリース8か月遅れることの1971年にリリースされたこの作品、現代のようにまだ情報が高度化されていなかった時代、Eltonがまだ無名の新人であったことを考えれば、それはいたしかたないことだった思うのですが、その無名の新人を一躍世界に名を知らしめたのが、この作品に収めれていた、今でもElton自身コンサートでは必ず歌うというこの曲。


”Your Song(邦題;.僕の歌は君の歌)”。


この不朽の名曲を歌うEltonの1970年のLive映像を見つけましたので、今回はその映像から初めることにしょうと思います。




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往年の名曲に新たな息吹を・TOTO;Through The Looking Glass [音源発掘]

寒い日が続いたと思えば、突如暖かい日が訪れたり、これは例年より早い季節の変わり目の三寒四温の到来かと思いきや、早、梅の花開花の便り届く今日この頃。

これも暖冬であるという、今年なればこその季節模様ということなのか。

そこで、今回の作品はこの少し早い春の訪れの萌芽に触れて、かなり個性的なジャズ・アーティストの作品を取り上げた前回とは裏腹に、気分爽快なカバー曲集を取り上げ聴いてみることにしてみました。

through the looking glass toto.jpg


それが、これ!!
AORの中心的存在として70年代後半より活躍してきたTOTO、その彼らの2002年発表の11作目となる作品 ”Through The Looking Glass”です。

この作品、彼らの正式作品ではあるものの、面白いのはその曲目。
全曲が60年代から70年代の楽曲のカバー集なのです。

しかし、そこは有能なスタジオ・ミュージシャンとして多くの経験を積んできたTOTOのこと、その選曲は、ロックの楽曲だけに留まらず、レゲエ・ソウル・ジャズなど幅広いジャンルに及んでいて、それらの名曲が、彼らの百戦錬磨の腕前によって、どう料理されているのかに接することが出来るのが、この作品最大の聴きどころ。

とは言っても、「所詮カバー曲集じゃないか、彼らの腕前なら難なくこなして当たり前だ!!」という向きもあろうかと思いますが、そう言わず、何はともあれご一聴あれというところ!!

名曲の味をしっかりと伝えながら自己の個性も発揮している、TOTOならでの面白さがあるのがこの作品。

とうところで、まずは1曲。

1967年にあの伝説のスーパー・グループが世に送り出した、ロックのあの名曲から聴き始めることにいたしましょう。









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2015年印象に残った作品 その3 [音源発掘]

今年も残りわずかと押し迫り、おそらくこれが今年最後の記事。

前回、前々回に引き続き2回に渡り記事をUpして来た”2015年印象に残った作品”、これまでジャズ編、ロック編と書いてきましたが、今回は、その最後に残ったクラシック編。

去年はクラシックから書き始めたのですけど、今回は最後に残してしまった訳、実は、今年このジャンルは、女性ソプラノ歌手中を心に聴いていたこともあり、その中に印象に残る作品があったのですけど、それらの作品、既に記事(その記事はこちら→にしてしまったことから、いざ記事を書こうとしたところ、取り上げる作品が思い浮かばなくなってしまっていたからなのです。

そんなことで、ジャズ・ロックの作品を先行したのですが、それらの記事を書きながら、ふと思い出したのが、今年の初めよく聴いていた、2014年にリリースされたこの作品。




アビイ・ロード・ソナタ.jpg


1966カルテットの”Abbey Road Sonata".
Abbey Road といえば、言わずと知れたBeatlesの大傑作作品、それをクラシックの4楽章にからなる室内楽曲 ソナタにアレンジし演奏したものがこの作品なのです。

元々、完成度の非常に高かったBeatlesの”Abbey Road ”という作品、その完成度の高さ故か、これまでそのほぼ全曲をカバーした作品はなかったように思うのですけど、それをクラシックのソナタ形式に編曲し、カバーするなど一見無謀のようにも思えてくるこの挑戦。

しかし、Beatlesの来日の年をこのカルテットの名前に冠し、デビュー作と4作目の作品ででBeatlesを演奏集を制作し高い評価を得た実績を持つ彼女らのこと、これは一聴に値するのではと手に入れ聴いてみることにしたのです。

そしてその感想は、やはり、これは是非聴いていただきたい。!!

それでは、”Abbey Road ”の”You Never Give Me Your Money”に始まる終盤部分、短い曲をつなぎ合わせながらも、隙なく精緻に組み立てられいた緊張と安らぎの世界、それに対する彼女らの仕上がりはいかなるものか、早速その現場に出掛けてみることにいたしましょう。














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2015年印象に残った作品 その2 [音源発掘]

2015年印象に残った作品 、
前回はジャズの作品を取り上げましたが、2回目となる今回は、ロック編。

そのロック、今年は去年に引き続き、昨今のプログレシッブ・ロックを探索するのだと考え動きだしたところ、幸先よく1つのバンドを見つけたものの、その後は、ジャズの大豊作と打って変わって鳴かず飛ばず状態が続いてしまっていたのです。

このままでは、スカで終わってしまう、やはり年のせいなのか、ロックを聴く感性も衰えてしまったのかと、我ながらその不甲斐なさに今更ながら呆れてしまい落胆してしまっていたのですけど.......。

しかし、幸先よく見つけたバンド、2013年に登場した新世代のプログレシッブ・ロック・バンドなのですが、よく聴きこんでみると70年代の初めに登場したプログレシッブ・ロック、そのエッセンスを吸収継承しつつ懐古的な味を出しながらも、現代のサウンドを築き上げていた。

衝撃な形で登場したプログレシッブ・ロック、しかし、70年代後半には早退潮の道をたどってしまった、90年代にはメタルなどとも結びつき形を変えながら復調の兆しが見え始め、いつぞやまた本来の形を伝承するアーティストが登場するのではと、心待ちにしていたところ、出会ったのがこの作品だったのでした。

Lifesigns.jpg


その作品は、King Crimson、UK、Asiaでの活躍で知られるベーシストのJohn Wettonのバンドで活動していた、John Young(key, vo)と、元GenesisのギタリストSteve Hackettの下で活動していたNick Beggs( b, stick, vo)、そしてSarah Brightmanのバック等で活動していたFrosty Beedle (ds, per)の3人
よって結成されたLifesigns、そしてその作品は彼らの名を冠したデビュー作品の”Lifesigns”。

70年代のプログレシッブ・ロック・シーンで名を残した大物アーティストの下で活動していた彼ら、その経歴を見ただけでも、どんなサウンドが生まれ出て来るのか、興味が湧いてくるのではないかと思います。

というところで、早速そサウンド、いつまでももったいぶらずにどんなものか、まずは聴いていただくことにいたましょう。







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2015年印象に残った作品 その1 [音源発掘]

甲信の地を忙しく飛び回っていた10月、11月。

仕事好きというのは訳ではないのですけど、私を信頼して下さっているお客様たち、そのお客様から寄せられた相談や頼みごとが溜まりに溜まり、この辺で一挙にかたずけその期待に応えねばならないとスケジュールを組んだところ、えらくハード・スケジュールとなってしまった次第。

なんやかんやで時を経つのも忘れ、やっと一息ついたところで気付いてみれば時は、もう12月。

12月となると、1年の締め括り、このブログも例年の如く今年1年間聴いてきた音楽、今年もその履歴をまとめ書き留めておかねばならいなと思いつつ、今度は忘年会に明け暮れる日々、酔っぱらった頭では何も浮かばず、やっとのことで、持てた筆り。


その、ようやくたどり着いた2015年印象に残った作品の記事、その第1回目は、ジャズのお話。

と言ったものの、今年聴いたジャズ作品、何故か大当たりでどれも捨てがたい作品ばかり、さて、どの作品を選ぼうかと悩んでしまうほどの超大豊作。

年初めには、今年はトロンボーン奏者のリーダー作品、と言っても、その大御所で作品の数も多い J.J. JohnsonやCurtis Fullerの作品ではなく、それ以外のアーティストの希少な作品を探し聴いて行こうと決め、年明け早々記事でも紹介した Bob Brookmeyerの作品に出会うという幸先の良いスタート切ったのですが、終わってみれば意図した訳でもないのに、これも以前の記事に書いたピアニストのCedar WaltonGeorge Cablesの参加した作品が、その後も増え続けることになってしまったのでした。

そもそもこうなった原因、それは、2月に作家の村上春樹氏も絶賛するCedarの1974年の東京新宿でライブ・スポットPit Innでのライブ盤が再発されたことから、その翌日に同所でレコーディングされたこのトリオに渡辺貞夫を加えたアルバムで、この時のCedarのプレーの凄さを知っていた私は、かねてより、このトリオの演奏が再発されたら即Getするのだと決めていたこともあり、年初に計画したトロボーン奏者の作品探索は即休止。

この盤を早速手に入れることにしまったことに事が始まってしまったようなのです。

そして、74年のCedarの作品を聴き、このプレーに気を良くした私は、その後も彼の参加している作品が矢継ぎ早に再発される否や、こんな機会は20年?ぶりと即Getし続けることとなり、かくして、今年はCedarの作品だらけとなってしまったとのです。


そんなことで、まず選ぶ最初の作品は、Cedarの作品 ??




と思われるでしょうけど.....

そちらの方は以前にも記事で取り上げましたので、そちらの記事をご覧いただくこととして........

まず取り上げるのは、Ceder, Cablesと共演したサックス奏者、最近はどうもサックスを聴くのが鬱陶しくなっていたのですが、この二人の作品からその良さを再認識したことから、その中でも、Cedarとの共演で、あらためてその実力を強く認識させられた一人のテナー・サックス奏者の作品をと思い、この作品を選び書き綴ってみることにいたしました。



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現代を歌うソプラノの歌姫たち(その2) [音源発掘]

穏やかな秋の深まりを日々感じられる季節となったと思ったら、そこに突如到来した爆弾低気圧。
聞けば、今年は台風、1月から発生しなかった月は一度もないということで、それは1965年以来、50年ぶりのことなのだとか。

そうした話を聞くと、穏やかな季節がやって来たとはいえ今年は、いつまた大きな自然災害に襲われるかとその備えのことも考えてしまうのですが、なにはともあれ、芸術の秋。

そうした不安を抱きながらも、やはり、いつものように秋の空気を音楽と接しながら心ゆくまで堪能したいもの。

そこで今回の記事は、前回に引き続きソプラノの歌姫たちの歌声を楽しみながら、秋の空気にゆったりと身を委ねる、そんな選曲で筆を進めることにしたいと思います。


さて、その現代を歌うソプラノの歌姫たち、前回はクラシック・クロスオーバーが、世界に認知される結果をもたらしたSarah Brightmanの歌唱までを聴いていただきましたが、ブライトマンの登場以後クラシックのアーティストのこの分野への進出はさらに加速、日本でもピアニスト黒田亜樹さんや作曲家の吉松隆さんが、EL&Pのプログレシッブ・ロックの名作”タルカス”を作曲者のKeith Emersonの事前承諾を得てクラシックにアレンジ演奏、それがエマーソンの創作意欲に火を付けたのか、自らもそれまでのオリジナル曲にオーケストラ・アレンジ施したアルバム、”Three Fates Project”を制作させるに至らしめた事実は記憶に新しいところ。

それも日本人の繊細な感性があってこそなせる業、などと勝手に思いながら、今回はその日本で静かな人気を呼んでいるクロスオーバー・クラシック、その中から近年話題を呼んでいるソプラノの歌姫たち、その彼女らのサウンドを続けて聴いてみていただことにいたしました。


そこで、まず最初に取り上げることにしたアーティストは.........、

昨年末の私の記事、”2014年聴いていたお気に入りの作品”でも取り上げたこちらの方。

Sarah Àlainn-m.jpg


Sarah Àlainn。


オーストラリア人の父と日本人の母を持つ彼女、昨年は、その彼女のファースト・アルバム”Celeste”をご紹介したのですが、今回聴いていただくのは、第2作目のアルバム”Sarah”からの1曲。

ある名画の主題歌として知られるこの曲、早速、聴いてみることにいたしましょう。






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