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プログレシッブ・ロックの夜明けを切り拓いたベーシスト達を偲んで Part.1 [音源発掘]

今年1月末のJohn Wettonの訃報。

つい最近まで、自らが率いるASIAで精力的な活動を続けているという報を聞いたばかりだったのに、その突然の出来事に驚いたと同時に、思い起こされたのが、2015年6月以来、度重なるプログレシッブ・ロック創生期に活躍した名ベーシスト達の死。

2015年6月のChris Squire 、2016年12月のGreg Lake、そして今年の1月のJohn Wettonと 3人いずれもが70歳を前に相次いで他界してしまったことに、さらに大きな衝撃を受けてしまったのです。


そこで、これからは3回に分けて、その3人を偲び、その音楽の思い出についてそれぞれ語ってみたいと思います。

まず最初のベーシストは、2015年に亡くなったChris Squire。
ロックに交響曲的手法を取り入れたサウンドで一世を風靡した、プログレシッブ・バンドのYesの中核的存在として、そのサウンドの底辺を支え続けたことで知られるSquire.。

彼のベースの真骨頂は、バンドメンバーそれぞれが思うがままに奏でるサウンドのウェーブを、そのベース・で一瞬にして一つ壮大なウェーブに取りまとめ合体仕上げてしまう、その音造りの腕前の鮮やかさ。

あのQueenのベーシストであるJohn Deaconが、自身の目標としたという、その重厚なベース・サウンド。

メンバーの入れ替わりが多かったYesにおいて、20年ぶりの往年のメンバー集結による復活を果たした1996年のライブの模様を捉えた1997年に発表の、


Keys to Ascension.jpg


”Keys to Ascension”

そのライブ映像をご覧いただき、しっかりとサーチしていただければと思います。






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歌い躍る至高のドラム ・Max Roach;Live In Tokyo [音源発掘]

昨年は、私を皮切りに家族が順繰り入院、その後も仕事とその後家族の世話で、年末にはすっかり体調を崩してしまっって。
そんなことで、今年に入って正月は休養に徹しその回復に努めていたのですが、幸いその後も、出張が少なく、自宅で過ごす時間も増えたことから、やっとのことで回復基調へと転じることが出来たところ。

おかげで、今年は1月が過ぎるのがいつにもなく妙に長かったように感じているのですが、そうはいっても暦は変わって既に2月。

その2月入って初めての記事の今回は、

前回の記事で取り上げたCharles Mingus、その記事を書きながら思い出した一人の大物ジャズ・アーティストを取り上げ、その作品を語ることにしたいと思います。

そのアーティストは、Mingusの良き相棒であって、自分たちの表現したい音楽を世に送り出そうと共にレコード会社を設立したり、人種隔離反対運動の活動家として共に活動した、また、プレヤーとしては、Kenny Clarkと共に、現代のジャズへと続く1940年代ビ・バップの黎明期において、そのサウンドをサポートするための次世代のドラミング・スタイルを築き上げた、偉大なドラム奏者であるMax Roach。

この名前を聞けば、ジャズ史上、伝説のトランペッター Clifford Brownとの双頭コンボでの名演の数々でご記憶の方も多いとにでは。
そこで、ならばそれらの作品の一つを選んでお話をと! 行きたいところなのですが、それでは主役はあくまでMax Roachとは言っても、やはりそこは伝説のトランぺッター、書けば Brownばかりに焦点があたる記事になってしまいそう!!!!

ならば、Brown亡き後の、フロントにKenny Dorham(tp)、Sonny Rollins(ts)二人の名手を配し、かつRay Bryantのピアノが聴ける1956年の”Max Roach Plus Four”や、当時4/4拍子が主流のであったジャズの世界に3/4を持ち込み全曲3/4の曲で彩った1957年の”Jazz In 3/4 Time”といった50年代半ばの意欲作あたりを選ぶのではと思われるかもしれませんが、さに非ず。

もちろんそれらの作品には私も大きな愛着があるのですが。今回選んだのは...........

Roachのドラムの凄みをいやというほど思い知らされた、それらの作品からずっと時代が下った1977年、その年の来日の際に録られた東京でのライブの演奏を収録した、”Live In Tokyo”とすることにしました。

Max roach Live In Tokyo.jpg


この作品の魅力!!?

先に上げた1950年代の名演群、そのどれもがジャズの歴史に残る重要なものばかりだと考えているのですが、その時代を共にしたプレヤーの顔ぶれを見てみると、 Roach とは年齢もそう変わらず、一世を風靡し今にも名を残したプレヤーばかり。

その音楽を聴いてみると、必然その音楽もグループとしてのサウンドを重視したものとなっていて、Roachのドラムもその凄さを感じさせてくれるものの、他のソリストとのバランスを見据えたものであったように思えるのです。

ところが60年代に入って以降の彼のサウンドは、ビ・バップ、バップとジャズの2つ時代を牽引してきたジャズの巨星としての地位を謳われていた彼は、周辺に若手を起用し、自らのドラムをクローズ・アップし、それをその中心に添えつつも、若手たちの創造性を喚起する傾向が強くなっていったように感じらるのです。

そうした中で70年代に制作されたこの作品、実はこの私、このライブの直後、FM放送で彼のピアノレス・カルテットの演奏を聴き、既に過去の人だと思っていたRoachのドラムに、秘められた無限の可能性と大きな広がりがあることに気付かされ、ひどく驚かされたもの。

以来、Roachのドラムの真髄を知るには、この作品こそ打ってつけのものと思っているのですが、果たして私以外の方々はどう思われるのか???

早速、このサウンドをお聴きいただき、お話を続けいくことにしたいと思います。




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2016年印象に残った作品 その3 [音源発掘]

正月休みも終わり、2017年も早10日を過ぎようとしている今、新しい年も本格的稼働を開始をしたところ。

となれば当ブログの方も、いつまでも正月気分で惰眠を貪っていることも出来ないなという訳で、遅ればせながら私の方もようやく活動を開始としたところ。

その新年最初の記事は、昨年末、最後の記事で予告した2016年印象に残った作品その3のジャズ編。

昨年は、いくつかの作品は持っているものの、それまでどうも肌合いが合わずあまり聴いてこなかった、50年代に現れたアーティストの作品を中心に聴き直してみようということで始め、Zoot Sims、Lee Morgan、Charles Mingusなどを聴き、あらためてその良さを確認しつつ、かなり嵌ってしまう結果となっていたのですが、それらの作品については、また別の機会に取り上げることとして、今回は、現在も活躍を続けているアーティストの昨年お気に入りとなった作品から、そのいくつかを選んでみることにいたしました。


その最初の作品はこちら

Collective Portrait.jpg


トランぺット奏者 Eddie Hendersonの2014年の作品”Collective Portrait”です。
1971年に、当時最先端のクロス・オーバー路線をひた走るHerbie Hancockのグループにて、レコード・デビューしたHenderson、70年代はエレクトリック化したMiles Davisばりの演奏で一名をはせた彼も、今や76歳。

彼が現れた当初、私は、Clifford Brownのスタイルを継承しようとするトランぺッターが多い中、Miles のスタイルを継承する希少なトランぺッターとして興味覚え、いくつかの作品を聴いてみたのですが、最初に聴いた時は悪くはないと思うものの、繰り返し聴くとそのうち飽きを覚えてしまうそのサウンドにコマーシャリズムの悪臭すら感じるようになり、以後、彼の作品は聴かなくなってしまい、おりしも、Henderson自身も本来の精神科医としての職務に専念するためシーンから遠ざかってしまったため、もう彼を聴くことはないなと思っていたのです。

ところが、90年代になって現在のトランペッターの演奏によるジャズ史上に名を残した伝説のトランぺッター達の名演奏集ともいう企画作品に出会い、その演奏者としてNicholas PaytonやLew Solofといった、この時期名をなしていた名トランペッターに混じってHendersonの名を発見したことで再び彼のトランペットを聴いてみる気になったのです。

しかし、PaytonやSolofは、どんな演奏するのか、そのイメージが湧くのですが、フュージョン畑での演奏しか知らなかったHenderson。

果たして先の二人に見劣りすることはないのか。

そんな、杞憂を抱きながら彼の演奏にプレヤーの釦を下したのですが、聴こえてきたのは、フュージョン時代とは異なった、しっとりと場の風景を歌い上げている哀愁のを感じるトランペットの音色。

あのArt Farmerに優るとも劣らない叙情性を持ちながら、核のしかっりしたサウンド。
聞けば、この時期、医者の家業を引退し、ミュージシャンの道に専念することにしたのだそう。

そうした彼の意欲も手伝い、その後、彼の作品が発表されるとそれをGetし続け、その味わいを楽しんで来たのですが、この作品、さすが70歳の老境を越えてのそのプレイ、持ち味のトーンにも翳り射し、作品の印象を傷つけてしまっているのではとの不安が走りながらも、今のEddie Hendersonにも接し、その年齢をどう克服しているのかを確かめてみようという気持ちから聴いてみることにしたものなのです。

それでは、老境に入った、Eddie Hendersonのサウンド、早速、耳にしていただこうかと思います。


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2016年印象に残った作品 その2 [音源発掘]

まもなく年末年始のお休みが来る、さあ、ラスト・スパートだと気合を入れ直したところで、それまでのハード・スケジュールが祟ったのか新年を待たずに過労でダウン。

数日休息をとり、なんとか元気を回復することが出来たのですが、今年も残す所もう僅か。
再度仕切り直しのラスト・スパートで昨日何とか今年最後の仕事終えることが出来たのですが、当ブログの方もラスト・スパートで臨み締め括りををしなければという気持ちから、今回の記事は前回に引き続き、”2016年印象に残った作品” その第2回。
前回は、クラシック作品をテーマにしましたが、今回は元気を取り戻したところで、行くぞの気合のロック編。

今年はロックの作品、昨年に引き続き、現代のプログレシッブ・ロックやデスメタルを探求しようと、Porcupine TreeやOpeth、Alcest あたりから聴き始めたのですけど、それらの作品、けして悪くはないのですが、どこか本来の自分の嗜好とは合わないところがあるのか、体調によって聴きたくなくなることもしばし、そんなことから、その後は、どんなサウンドを探求の道筋がわからなくなくなり、探索の迷路に迷い込むことになってしまったのです。

そうした2016年、しかし、それから悪足掻きよろしくいろいろもがいてみた結果、終盤にはそれなりの成果が上がるようなって来て、1年を振り返ってみれば思いの他の収穫を得たうえ、来年の進めべき方向までも見えるようになるという結果まで生んでしまったという感じ。

とにかく、それまであまり聴いてこなかったジャンルにも踏み込んで、いろいろな音楽体験が出来た年となったというところ。


さて、その1年間に聴いたロック作品、そうしたことからそのスタイルは様々なのですけど、その中で、まず印象に残った作品は、やはりオールド・ファンの私にとって、長きに渡り第一線で活躍しつつも失なわれていなかったその輝きから、大きな元気をもらったこの作品。

Blue & Lonesome.jpg


このジャケット、見れば誰の作品かもうお分かりですよね。

今年12月2日にリリースされた、The Rolling Stonesの前作”A Bigger Bang”以来11年ぶりの新作”Blue & Lonesome”です。

実は、この作品の発表を知った時、60年代初頭からロック界に君臨している Rolling Stones、考えてみれば彼らの年齢は70歳半ばとなっているはず、果たして往時のようなプレーが期待できるのかと一抹の不安があったのですが........。

しかし、厳しいショーマン・シップ感を持ち、これまでそれに徹し続けてきた彼らのこと、いくら年老いたとしても、それまでの栄光を汚すような物は世に出さないはず、聞けば今年3月に行われたキューバでのライブではその健在ぶりをアピールしたばかり。

さらには、その作品の内容、彼らのルーツであり、彼らがさも得意とするブルースやR&Bの楽曲を収録したものだということを知るに至り、幼き日、The Rolling Stonesのサウンドで洋楽を聴き始めた私は、これは絶対に聴かねばなるぬと早速その作品を入手することにしたのでした。

さて、そのThe Rolling Stonesの集大成ともいうべきそのサウンド、まずは、この曲で、今回のお話お始めることにしたいと思います。



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2016年印象に残った作品 その1 [音源発掘]

なんだかんだ言っているうちに、12月ももう半ば。
今年は、年明けから忙しく動きまわっていたせいか、それを実感できず、今もってそのことが信じられないでいた次第。

ところが、それまでの働きすぎが祟ったのか、常々溜まり続けた疲労が爆発して、ついにダウン。
そこで、数日間ゆっくりと何もせず休息をしながら周囲の様子をよく見てみると、空気はまさに師走。
そんなことで、時の流れを知るなどとは、全くもってショウモナイ話なのですが、まもなく2016年が終わろうとしているのは事実。

そうなれば、今年も当ブログ、やはり1年間聴いてきた音楽、その印象を決算しなければということで、今回は、毎年恒例となっている”印象に残った作品”、またそのいくつかを取り上げお話を進めて行こうと思います。

さて、その第1回は、クラシック作品から。
今年、私にとって大きな衝撃だったのは、野ものとも山のものともからなかったシンセサイザーという装置を世界に先駆け取り入れ、楽器としての生命を与えつ新たな音楽世界を切り拓いた、日本を代表する音楽家である富田勲さんの逝去。

その第1作目の”月の光 Clair De Lune”発表以来、彼の音楽に接して来た私は、近年は、源氏物語や宮沢賢治の文学作品を題材にしたその音空間に惹かれつつ、命尽きるまで探究の手を緩めることのないであろう富田さんの生みだす次なる音世界を楽しみして来たのですけど........!!

その期待通り、その彼が次なるステップに進み、その完成を間近に控えたこの出来事。
それは、その日も富田初のバレエを組み込んだその曲の発表打ち合わせ途上だったという、突然の彼の死。

「曲を完成させたすぐ後は、こんなキツイこともうしたくないと思うのだけど、またしばらくしたらまた始めてしまうのでしょうね。」 

これは、前作、バーチャル・シンガー初音ミクとオーケストラとの共演で話題となった”イーハトーヴ交響曲”を発表した直後、富田さんの語っていた言葉ですが、その言葉通り再び創作の世界に返り咲き、日々精力的に活動をしていた富田さん。

その終焉は、そうした言葉を語った、かにも富田さんらしい最後だと思いつつ、私は、彼の音楽、その聴き軌跡をたどり聴いているうちに思い当たったのが、90年代に彼の手掛けた作品”源氏物語幻想交響絵巻”のクラシック・オーケストラの演奏の中に和楽器を取り混ぜ、日本的な雅の世界を創出した絶妙なアレンジ術。

日本の伝統的音楽を完全に自家薬籠のものとした彼のこと、もしかすると、和楽器をフューチャーしたシンセザーとの共演作品があるのではと、探し見つけたのがこの作品。

藤原道山 x 冨田勲 響 -kyo-.jpg


日本の代表的尺八奏者、藤原道山とのコラボによる作品、”響 -kyo-”。

藤原道山と言えば、尺八をもってジャズにチャンレンジし、ピアニストの菊池雅章、ベーシストのGary Peacock等との共演よって、日本の伝統とジャズのインプロビゼーションの世界を見事に融合させた名盤”銀界(http://hmoyaji.blog.so-net.ne.jp/2009-04-15)”を生み出した、人間国宝 故 山本邦山のお弟子さん。

これはかなり期待が出来そうと、さそっく手に入れ聴いてみることにしたのがこの作品なのです。

さてそのサウンド、一体どんなをものなのか????
まずは、一聴いたしましょう。





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秋の空気に映えるピアノの音;kenny Drew・Impressions,Expressions [音源発掘]

10月になりましたね。

今年の秋到来は、雨降り続きで鬱陶しい日が続く毎日で、心の内まで曇りがちにとなってしまっている方も多いのではと思いますが、そうはいえ、夜になるとどこからともなく聞こえてくる虫の音にホット一息、そこに確かな秋の訪れを感じられるようになった今日この頃。

その秋という季節、”芸術の秋”とは昔の人はよく言ったもので、何故か日常当たり前のように聴いている音楽も、一際その冴えが耳の中に響き渡り、その風味が増して聴こえてくるもの。

私もこの秋はログ友さんの影響か、ここのところ尺八の音が妙に恋しくなってしまい、この季節の風の上を静かに飛翔する藤原道山の尺八の演奏を聴きながら、日本の秋の詩情を体全体に感じ味わう機会が多くなっているのですが、それに加えてよく聴いているのが、今回ご紹介する秋の旅情を掻き立てる、この2作品。

kenny drew・impressions.jpg


kenny Drewの欧州3部作と言われる作品の中の、1988年制作の第1作目の作品、”impressions(邦題;パリ北駅着、印象)”と

kenny drew・Expressions.jpg


1990年制作の第3作目の作品、”Expressions(邦題;旅の終わりに)”。


旅の空の下、淡い哀愁の漂う女性の姿が印象的なジャケットを持つこれらの作品、共に今年7月に亡くなった日本人名ジャズ・プロデュサーの木全信氏の手によるもの。

このkenny DrewをはじめArt Blakey、Benny Golson、Chet Baker、European Jazz Trioなど、日本では最新の演奏を紹介されることの少なかった数々の名演奏家の現在を、「寛げるジャズ」「気楽に触れ合えるジャズ」そのうえで「アルバムのどこかに、聴く人の心に触れる緊張感をのこせれば・・・」という心情の下、多くの作品を制作してきた木全氏、中でもkenny Drewの今を捉えた作品群は、当時母国アメリカからヨーロッパに渡り、日本では忘れられかけていたこの名ピアニストの存在を広く世に知らしめ、大きな反響を呼んでいたことが思い出されます。

そして、そうした木全氏プロデュースのDrew作品の中でも今回選んだこの2作品は、1993年に64歳で亡くなったkenny Drew、その最晩年の演奏を捉えたもので、生涯の相棒となったベース奏者のNiels-Henning Ørsted Pedersen との互いにすべてを知りつくした二人の円熟の境地が生む緊密なサウンドが堪能できる、Drewの晩年の傑作と言われているものなのです。


それでは、円熟の境地が綴る、秋の空気をより一層引き立てるその音楽、前口上はこのくらいにして、この辺で1曲、お聴きいただくことにいたしましょう。










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フリー・ジャズの旗手からバラードの達人へ;Pharoah Sanders・Welcome To Love [音源発掘]

長期の天気予報では、猛暑の日が続くと言われた今年の夏、その始めは暑い日としのぎやすい日が入り混じってやって来るという気候変化の激しい日々が続いたと思ったら、8月に入り突然様変わりの猛暑の日々の襲来。

前半の寒暖差の激しい日々で一時体調を崩してしまった私、何とか回復したものの今度はこの暑さ、病み上がりの老体の身には少々堪えている昨今なのですが.....。

とか何とか言っても、まだまだ家でじっと養生できるような隠居の身分でもない私。

そこで、朝はこの日の活力の源注入のため、メタルを聴きながら出勤、仕事を終えた退社の時刻には、一日の心と体の疲れ癒すため、潤いのあるジャズに浸りながら帰路に着くことが日課にしているのですが、その中で身に心に大きな癒しを貰っているのが、この作品。

welcome to love pharoah.jpg


テナー・サックス奏者 Pharoah Sandersの1990年の作品”Welcome To Love”。

全曲バラード曲で構成されたこの作品、その1曲1曲がピュアでナチュラル感に溢れていることから、心を現実の世界から癒しの世界に導き浄化してくれるように思え、最近よく聴いているもの、ということで今回はこの”Welcome To Love”を取り上げご紹介することにしたいと思います。

しかし、演奏者のPharoah Sandersというアーティスト、名盤紹介書などで取り扱われてことも稀であり、CDショップを訪れても、彼の作品に出会うことは極めて稀であるため、この名前に馴染みがないという方も多いのではと思います。

そのPharoah Sanders、1965年フリー・ジャズの道を歩み始めた、巨匠 John Coltraneのコンボに参加、Coltraneの存命中は、Coltraneが父でSandersがその子供と称され、そして1967年彼の死後は、その後継者として注目されたほどのアーティストなのです。

しかしながらその存在、70年代になってフリー・ジャズが衰退、新しいジャズのスタイルとしてフュージョンが台頭してくると、彼の名をマスコミで目にすることは少なくなり、そこに1965年までColtraneのカルテットのピアニストとして在籍したMcCoy Tynerが”Sahara”をはじめとした意欲的な作品を発表すると、後継者としての座までもが彼の元からMcCoyの元へと、その評価が移ってしまったことで、その影までもが薄くなってしまったようなのです。

そして、それと同時に、レコード・ショップにて彼の作品を見ることも稀となってしまったのですが、事実、当時私も、友人に聴かせてもらった彼の1969年の代表作”Karma”を購入しようと、今のようにネット通販のない時代、レコード店を一つ一つ歩き回り探したのですけど、とうとう見つけることが出来ず、やっとのことで見つけことが出来たのは、それから15年後のことだったという体験があります。

もっともこの”Karma”を探した原因、それは、Pharoahを聴きたかったわけでなく、当時SANTANAに参加していたLeon Thomasのヴォーカルを気に入りそれを聴きたかったためであり、Pharoahのサックスについては、ボソボソと鳴るか、ただひたすら咆哮するばかりで、なんやら得体も知れない味気の片鱗もないものようにしか思えず、その時は、全く評価してはいなかったのです。


ところが、それから5年後のこと、とある日に雑誌のレビューで知った”Welcome To Love”というこの作品、収録曲を見ればバラード曲が並び、その評価の方もかなり高い由。

Pharoahとほぼ同時期に登場し、Coltraneの影響をダイレクトに受けたフリー・ジャズの演奏で、名を馳せていた同じくテナー・サックス奏者のArchie Sheppの70年代後半ステージを見たことのあった私は、Sheppがフリーから転じ、スピリチュアルなスタイルへと変化、その演奏に好感を持っていたことから、さらにSheppより以上にColtraneと身近な場所で共に過ごし、かつ啓蒙を受けたPharoahのこと、もしかすると、Shepp以上の良質な変化を遂げているかもしれないと考え、早速この作品を手に入れ聴くことにしたのです。

果たしてその結果は、
それではその演奏、この辺で、皆さんにもお聴きいただくことにいたしましょう。









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和製ポップスのパイオニア 逝く [音源発掘]

最近続く、私の幼少期から少年時代にかけて、その音楽嗜好に大きな影響を与えた日本のテレビ放送草創期、その時代に登場し活躍した人々の相次ぐ訃報。

5月には、世界の富田こと富田勲さんが亡くなり、私も記事に書いたばかりだというのに、今度は永六輔さん、大橋巨泉さんと...........[右斜め下]
自分がそれなりの年齢となったのだから、それが世の常だとは思いながら、これだけ続くと少しばかり気が滅入ってくるのも事実。

と書くと、永六輔さんは作詞家、大橋巨泉さんは司会者として活躍した人で、あなたの音楽嗜好とどう関係があるのといわれそうですけど..........。

その影響の一つは、”上を向いて歩こう”や”こんにちは赤ちゃん”、”遠くへ行きたい”の作詞者として有名な永六輔さん、この六輔さんと当時コンビを組み、これら曲の作曲をしたのは中村八大さんという元ジャズ・ピアニストの方なのですが、ある日、なんの番組だったか覚えていないですけど、TVで八大さんが”こんにちは赤ちゃん”をピアノで演奏しているを見たことから、ジャズのピアノが気に入ってしまったこと、そのことが後に私がジャズに親しむようになった大元のように思われることがあるのです。

そして大橋巨泉さん、この方はそもそもジャズ評論家だった方で、私も、この人の話の影響でElla FitzgeraldやSarah Vaughanなどのジャズ女性ヴォーカリストの存在を知り聴くようになったのですが、それより以前の
1960年代中頃、TVにて大橋巨泉さんの総合司会で放映されていた、洋楽ポップスのヒット・チャートを紹介していた番組、”ビート・ポップス”が、それまで音楽にさほど興味なかった私に、多くの海外のアーティストとの触れ合いの場を提供し、洋楽の世界に興味を持つきっかけを与えたくれたということがあるのです。

その”ビート・ポップス”という番組、それは今でいう、”ベスト・ヒット・USA”のようなものなのですが、この番組で私は、The Beatlesは基よりThe Rolling Stones、Jimi Hendrix、Creamといった、現在もその偉業を称賛され続けるアーティストに出会うことが出来、六輔さんの活動も合わせ、そのお二人が、私のその後の音楽嗜好の形成に大きなく影響を及ぼしたと思えるのです。




そして、もう一人、永六輔さんの訃報と同じ日に報じられたこの人の訃報。

伊藤エミとユミ 双子の姉妹による女性デュエットのザ・ピーナッツ 。

ザ ピーナツ.jpg


そのピーナッツ姉妹の妹さんの方の伊藤ユミさんの訃報。
お姉さんのエミさんは4年前に71歳で既に亡くなっているのですが、このユミさんが逝ってしまったことで、TV画面越しにも、何か混沌した流れの中で、満ち溢れる熱い思いが見えた時代のスターが消えていった、既に時代の流れは大きく変わってしまったのだと、そのことを深く痛感してしまうのです。

そして、あらためて考えさせられてしまったのは、日本における和製ポップスの源を育んで行った彼女らの功績の大きさ、そこで今回は、そのピーナッツの歌を中心に、私が子供の頃に接した日本のポップ・ミュージック草創期を旅旅してみたいと思います。










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ドラム・ロールの音も高らかに;Live at Sweet Basil: Art Blakey and the Jazz Messengers [音源発掘]

さて、今回の記事は再びいつもに戻って、音楽のお話。

前回の記事でも最後のところで、元気が戻って来たところで、ここのところパワーをもらっているシンフォニッック・メタルのサウンドで締めくくりましたが、今回取り上げたのは、メタルでもらったパワーを年相応の乗りにして開花させてくれているジャズ作品。

それが、この音楽!!



曲は、今やジャズのスタンダード・ナンバーとなってしまった名曲、Art Blakey & The Jazz Messengersの”Moanin'”。

この曲発表前のBlakey、元々黒人たちが生み出した20世紀の音楽ジャズ、ところが、1950年代初めには、ウェスト・コートの白人たちの手によるクール・ジャズにその主導権をとられてしまっていたのを、1954年にHorace SilverやClifford Brownと共に旗揚げをして、イースト・コート・ジャズの幕開けを切り開き一躍、世の脚光を浴びるのですが、その後、盟友 Silverと袂を分かってしまたっことから、Silverは着実にその人気を伸ばしていったのに対し、Blakeyは鳴かず飛ばず状態に陥ってしまっていたのです。


そうした中、彼が再起をかけ、新メンバーで立ち上げたThe Jazz Messengersで演奏収録したのがこの曲。

当時世に出るや、ジャズの枠を超えた空前のヒット曲となり、日本では蕎麦屋の出前までもが、出前のそばを肩に乗せて自転車に乗り、口笛でこの曲を歌い走っていたというくらいの現象が起きるほどになっていたのだとか。

img048.jpg
                 

と言っても 今の方には、自転車に乗った蕎麦屋の出前と言われてもピーンとこない方が多いと思いましたので、その姿を見ていただこうと探したのがこの写真。

どうです!! まさに職人芸の世界ですよね。
このスタイルで、”Moanin'”のメロディを口笛で吹きながら走るなんて、実に粋だと思いませんか。

しかし、今これをやったなら、自転車危険運転と見なされで警察屋さんに捕まってしまうのでしょうけど。
なんとも、せちがらい世の中になってしまったものです。


話は横にそれてしまったようですけど、再び”Moanin'”!!......

そうしたジャズにしては空前の大ヒットとなったこの曲、それによってBlakeyは、当時のジャズ・シーンにおいてファンキー・ジャズのパイオニアとして再び大きな脚光を浴びるきっかけを掴むことになり、彼のThe Jazz Messengersは、その後のジャズの歴史に大きな足跡を残して行くことになったです。


さて、この”Moanin'”、初お目見えはあの名盤の誉れ高い、Blue Note 盤の同名タイトル盤の演奏なのですけど、今、ここでご聴いていただいた ”Moanin'”は、また別格の曰れのあるもの。

聴いてお分かりだと思いますが、音楽と共にその音楽に酔いしれ騒ぐ聴衆の声も聞こえてくることでお分かりだと思いますが、ライブ録音であるこの演奏、1958年、フランスはパリの Club Saint-German での様子を捉えたもので、実はこの演奏に限ってのみ、曲のタイトルは”Moanin' With Hazel ”とクレジットされている演奏なのです。


となると、追加されたWith Hazel というは、一体何なのか?
それは、女流ピアニストでシンガーのHazel Scott のこと。

と知ると、Withとあるので、ここに彼女がピアニストして参加共演しているのでは、と思われるかもしれませんが、そうではなく、彼女は単なる観客としてここに居合わせていただけ、それがどうして、”With Hazel”と冠されることになったのかと、次々疑問が湧いてくるのではないかと思います。

そこで、この演奏をよく聴いていただくと、演奏のバックからテンション高く叫び声を上げている女性の声が聞こえてくるのが分かるかと思います。

実は、この声の主が、Hazel Scott 。

音楽に陶酔し客席から奇声を上げ続けるHazel 、バンドの演奏の方も、その熱波を浴びてますます燃え上がり過熱して行く様子が聴き取れます。
そしてそのHazel、最後には興奮の頂点にまで上り詰め、感極まって”Oh Lord have merry!"(おお、主よあわれみを!)と叫び声を上げるのですが、その様子がこの録音に見事にキャッチされ、そこからこのWith Hazel のタイトルがつくことになったのだとか。
それにしても、この曲の作曲者Bobby Timmonsのピアノは圧巻。 

まさしくジャズの醍醐味を堪能させてくれる極めつけの”Moanin'”。
バンドの演奏の熱気が観客に伝わり、その乗りの陶酔感が、さらにバンドを刺激し予期不能のサウンドを呼びよせている。

この演奏で、またジャズの面白さ少しでも知っていいただけたらと思います。


さて、ここまで書いて、今回取り上げる作品はというと.................#%%

長々と、 Club Saint-German の”Moanin'”のことを書いたので、そのライブの模様を収めた”Art Blakey: At Club Saint-German”とくるのではと思われるかもしれませんが、あにはからんや。

今回取り上げるのは、この作品。

live at sweet basil art blakey & the jazz messengers.jpg


1985年3月24日 ニューヨークにあるジャズ・クラブ”Sweet Basil”でのライブを収めた”Live at Sweet Basil: Art Blakey and the Jazz Messengers” 。

私自身、Jazz Messengersは60年代初頭まで全盛期だ思い、長い間その後の彼らの演奏を聴こうとしなかったのですが、80年代に入り出現した私のお気に入りとなったアーティストの多くが、Jazz Messengers出身者であったことを知り、聴いたのがこの作品。

最近、また聴き直してみたところ、50年代60年代のサウンドとはまた異なったフレッシュさを感じさせてくれるこの作品に惚れ直し、ここで取り上げることにしたのです。

と言うところで、Blakey以外は、すべて新しい顔ぶれによるJazz Messengersの演奏で、名曲”Moanin'”、
まずはその聴き比べから始めることにいたしましょう。





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巨人への道をまっしぐら!!:John Coltrane・Soul Trane [音源発掘]

なにかと、鬱陶しさが気になる今日この頃、先月、急な発病で小学生以来の入院となってしまった私、病状はたいしたこともなく5日間の病院暮らしで済み、病変は取り除き、容態は回復したものの、短いとはいえ病院のベット暮らしで体力の方がかなり落ちてしまったよう.
これまでのように動くとすぐ疲れてしまう状態がしばらく続いていたのですが、先日、退院2週間後の検診受けたところ、病状はほぼ回復のこと。

しかしながら、これからの季節は、何と言っても体力が勝負。

完治宣言を受けたとは言え、まだ体力が完全に戻っていないことから、しばらくはあせえらずじっくり腰を据え体力作りに励まねばと考えたところで、今回の記事で取り上げるアーティストは.........!!

50年代半ばに音楽シーンの表舞台に登場し、67年に亡くなるまでの僅か12年間の間に、新時代のジャズを築き上げ、多くのアーティストを魅了し追随さししめたこの偉大なるミュージシャン。

Coltrane jazz41.jpg


そう、今やジャズを語るに欠かすことできないジャズ世界の大巨人、今回は、そのサックス・プレヤーであるJohn Coltraneの作品を取り上げようと思います。

そこで、選んだ作品は........、

普通Coltraneというと、60年代 Impulseレーベルに残されたモード・ジャズの世界創造に邁進した頃の諸作品が話題になることが多いのですが、今回取り上げたのは、それ以前、斬新な奏法を模索しながらも、まだ50年代バップの衣装を身に着けたPrestigeレーベルのColtrane。

1958年制作の”Soul Trane"を選ぶことにしました。

soultrane john coltrane.jpg


さて、この作品を選んだのは、1940年代半ばより活動をするも、全く無名の存在だったColtraneが、1955年、Sonny Rollinsの後釜として抜擢、Miles Davis Quintetへの参加によって、彼の名は知られるようになった一方、当時の彼の力量は、Rollinsに到底及ばないものだったことから、「あんな、テナー奏者、早く辞めさせろ!!」との罵声を浴びながらも研鑽を積み、MilesがGil Evansとの活動のため、このQuintetの解散をする直前までには、見違えるほどの成長を遂げ次世代を担うアーティストとしての片鱗を覗かしていた。

そして、さらにはその翌年の1957年、Thelonious MonkのSeptetに参加、そこで、Monkの指導により、その後の彼のスタイル、歩み決定づける、楽器の奏法や音楽に対する、多くの啓示をここで得ることになった、そうした後の世に偉大なる足跡を残したア-ティストの黎明期の息吹を聴きたいと思ったからなのです。

偉大なる二人のアーティストから多くの教示受け迎えた翌1958年 ソロとして活動を始めたColtraneは、、かってのMiles Quintetでの盟友でピアニストのRed Garlandの斡旋でPrestigeレコードと契約、リーダー作品の制作を開始することになるのですけど、ここ挙げたこの作品もそうした巨匠の黎明期の息吹が感じられる1枚。

凡庸なアーティストでしかなかったColtraneが、Miles、Monkという偉大なるジャズの両巨頭から、極めて実践的かつ厳しい教示を受け、自らも研鑽を積み重ね彼独自のスタイルと音楽手法を築き上げていった、そうした意味で、このPrestigeレーベルからのリーダー諸作品は、Davis、Monk、二人の巨頭の手によって見出された天賦の才を、留まることない努力の継続よって開花させつつ、自らの始発点を築き、バップ・ジャズの様式の中に次の時代のサウンドを暗示を提示したようにも考えられ、その作品群にあって、中でもこの”Soul Trane"は、興味深い作品の一つだと思うのです。



と前置きが長くなりましたが、偉大なる巨人の音楽探究の出発点で生まれたサウンド、、この辺で一曲聴いてみることにいたしましょう。





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