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日本の叡智が切り拓いたシンセサイザーの未来 [音源発掘]

今回の記事は、まずこの音楽から..........!!



ご存じですよね、NHKの長寿番組”きょうの料理”のテーマ曲。

いきなり、”シンセサイザーの未来”というタイトルなのに、のっけに何でこの曲が登場したのかと思われるかもしれませんが、ちょと画面の右上を見てください。


”富田勲”とあるでしょ。


そう、この曲、先日亡くなった世界の富田で名高い、作曲家 富田勲さんの録音処女作となった楽曲なのです。


その作曲のいきさつ、2013年に富田さんが出演したラジオ番組のインタビューよれば、

それは今を遡ること60年ほど前の1957年こと。
明日から、番組収録開始という日の前日、NHKのこわい部長さんの「テーマ曲を入れろ!!」という鶴の一声から、急遽、作曲家を探したところ、たまたまNHKの建物の一室に居た富田勲氏に声がかかり、当時内幸町にあったNHK放送局の屋上のプレハブ小屋で一気に書き上げたのが、この曲だったのだというのです。

そして、さらに面白いのが今やマリンバの定番曲となっているこの曲にその楽器が使われた経緯、作曲家が見つかったところで、曲よりも先に、とにかく明日の収録までには音源を確保しなければならないということで、館内を探し回ったところ、これもまた、たまたま居たのがマリンバ奏者だったからなのだとか。

まな板の上で食材を切る音を模したパーカションにはウッド・ブロックを使用、これも当時まだ貧しかった日本、食材どれもが皆堅かったことから思いついたものなのだとか、しかし、これが料理番組のテーマ曲として絶妙の効果を上げているのです。
なにはともあれ、60年の長きに渡り日本国中で愛聴され、料理番組といえばこの曲のメロディが脳裏をよぎる、その親しみ深い曲が、こんなドタバタ騒ぎの中で出来たとは実に驚きです。



そうした逸話が残る富田勲、ご存じのとおり世界的なシンセサイザー・ミュージック・クリエターとして知られているアーティストですが、その始まりは1974年に発表したフランスの印象派の作曲家ドビュッシーのピアノ曲を素材にした作品の”月の光”。
私も発表直後、友人に紹介されこの作品を聴いたのですが、その頃、シンセサイザーと言えば、海のものか山のものかもわからず、ジャズ・ピアニストのCarla Bleyやロックの分野ではEK&PのKeith Emersonあたりが、新たな音源として使用し始めたばかりの時代。

ところが、富田は、元々水彩画的な視覚要素が強かったこのピアノ曲を、この頃やっとハーモニーを発することが出来るようになったばかりのシンセサイザーを使い演奏することで、さらに立体的臨場感と体感的質感を付加さししめ、異次元のサウンドに仕立て変えていた、そのことにいたく驚かされたものでした。

事実、当時のその衝撃は私ばかりではなく、その年に日本人として初めてグラミー賞にノミネートされたことでもわかるように世界を驚かすほどのもので、それまで国内では、NHK大河ドラマ、ジャングル大帝、リボンの騎士等のテーマ曲の作曲家として知られていた富田を一挙に世界の富田へとその頂点に登りつめさせてしまったのでした。

そしてその後は、その期待の波に乗りムソルグスキーのピアノ曲の”展覧会の絵”や、ストラヴィンスキーのバレエ組曲”火の鳥”、ホルストの組曲”惑星”などを題材にしたシンセサイザー作品を次々と発表、着実にシンセサイザー音楽のパイオニアとしての地位を固めて行くことになるのですが、今回取り上げる作品は、それらの作品の一つの集大成とも思えるライブ作品。

1984年、オーストリア都市リンツを走るドナウ河の壮大な水面を舞台にした演奏を収めた”MIND OF THE UNIVERSE"を取り上げようと思います。

Mind Of The Universe.jpg


そのスケールの大きさ、それは川幅300mもあるドナウ河の両岸四方にPAが仕掛けられ、その中央の川面にはそれぞれのパートのソリストが登場し演奏、さらにその空中には円盤までもが登場し立体的音空間を生み出していた、三次元空間をフルに活用した前人未到空前絶後の大舞台。

私は、この演奏を当時、TVで視聴し、そのスケールの大きさと精緻に組み立てられた演奏プログラムで綴られた富田の世界、その進歩に再び驚かされたたのですが、その当時の映像がありましたので、この辺で、その空前絶後の演奏会の模様、まずはご覧いただきたいと思います。











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若き日の巨匠を育んだカルテット・Charles Lloyd;Forest Flower & A Night In Copenhagen 本日の作品;vol.132 [デジタル化格闘記]

ゴールデン・ウィークも、もう終わり。

今回の連休、昨年10月来の忙しさ続きで、ずっと体調がいま一つなっていた私は、その療養ためゆっくりと自宅で休養をすることにしたのですが、おかげで元気回復、一時は記事を書くのもしんどくなっていたのが、やっとのことで、筆を執る気合も出てきました。

そこで、早速今回の記事、暖かな陽気に誘われて、多くの命が新たなものを求めて活動を始めた4月、その季節、どこから身に降り注いでくる躍動的な雰囲気が漂う風から、ふと思い出しよく聴ていた音楽の話。

それは、テナー・サックス、フルート奏者のCharles Lloydの音楽。
ということで、今回はその彼の作品を取り上げ、そのサウンドを聴き接しながらお話を進めて行くことにしたいと思います。


しかし.........、
とは言ってもCharles Lloydというアーティスト、今ではネットを見ても紹介記事もほとんどなく、半ば日本では忘れかけれた存在のよう。

そこで、曲を聴く前にまずは、その彼のプロフィールについて、簡単に触れることからお話を始めることにしたいと思います。


Lloydがシーンに登場したのは1960年代初頭のこと。

当時のジャズ界は、John Coletraneが急速に台頭、彼の創造するジャズが巷を席巻していた時期で、中でもテナー・サックス奏者においては、その50年代のSonny Rollinsに代わり、そのColetraneのスタイルを継承したアーティストが注目を浴びていた時期。

そうした中にあって、このLloydは、ポスト・Coletraneの第1人者として注目浴びていたアーティストなのです。

そのLloyd、さらには作曲・編曲の能力にも長けていたことから、1961年にBooker Littleとの双頭コンボ結成のためChico Hamiltonのバンドを去った、アルト・サックス、フルート奏者のEric Dolphyの後を受け、Hamiltonのコンボに参加、一躍ジャズ・シーンの第一線に躍り出ることになったのです。

そして1964年には、同じくアルト・サックス奏者のCannonball Adderleyの音楽監督を務め、着実にその足元を固め、その翌年の1965年には、いよいよ、後のジャズ界をけん引することなる、若き日のKeith Jarrett(ピアノ)、にJack DeJohnette(ドラム)の2人を加えた自己のカルテットを結成、そのデビュー作”Dream Weaver”を制作発表することとなるのです。

このデビュー作、当時でも高い評価を受け現在でも名盤となっているのものなのですが、その勢い乗ってさらに翌年の1966年にはMonterey Jazz Festivalでの模様を収めたLive作品”Forest Flower”を制作、それがジャズ作品には珍しく1万枚のセールスを記録する大成功を収め、この作品でLloydの名前はジャズ・ファンのみならず多くの聴衆にその名を知られるようになったのです。

Forest Flower Charles Lloyd At Monterey.jpg


というところで音楽。
その大好評を泊した”Forest Flower”から、まずは、このカルッテトの斬新な響きを聴き始めることにいたましょう。
曲は、Lloyd作曲の”Forest Flower - Sunrise~Forest Flower: Sunset”です。





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