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2017年!印象に残った作品 Jazz編Vol.2;Mulgrew Miller ”The Sequel” & Bobby Jaspar ;”Bobby Jaspar Quintet” [音源発掘]

2017年!印象に残った作品、まずは前回予告したJazzのピアノ作品から、

今年も残りあと僅かというところで、今一度気合を入れ直し、ご紹介するのは、アメリカの黒人ピアニストMulgrew Millerの2002年の作品”The Sequel ”です。

The Sequel.jpg


1970年代半ば、Duke Ellingtonの息子であるMercer Ellington 率いるエリント楽団のピアニストしてメジャー・シーンに登場したMiller、その後1984年には、あのArt Blakey の The Jazz Messengersに加入、ここでその存在を広く知られようになります。

私が、彼の演奏を聴いたのも、ちょうどその頃。
60年代モーダルジャズ洗礼を受けた年代のピアニストとして、最初はMcCoy Tynerの強い影響を受けたアーティストだなと思い聴いていたのですが、その後、さらに聴いて行くとその中に、何か懐かしさを感じる伝統的なジャズの空気が感じられようになって来たのです。


その伝統的なジャズの空気とは、Bud Powellに始まるモダンジャズ・ピアノ草創期の香り。


彼のピアノの持つそうした空気に、現代と50年代ジャズを繋ぐ不思議な響きがあるように思ったのですけどそこでふと思い浮かんだのが、バップとモーダルの転換期に登場し、多くのファンを魅了したピアニストのWynton Kellyのこと。

それはかなりの飛躍した発想のようにも思えますが、実は私自身、このMillerの作品に接し、Kellyのスタイルに比べより新しくモーダルな彼のスタイル、普通に聴けば全く違ったものでしかないはずなのに、深く聴いていくうちに、そのサウンドの根底にはKellyと同質の何かが宿っていると、そのように感じるようになり、彼のピアノに深い興味を抱くことになって行ってしまったのです。

そうした中で、今年出会ったこの作品、それまで彼がサイド・マンとし参加した、また、ピアノ・トリオでプレイした演奏は聴いたことがあったのですけど、1990年代に作曲にも傾注し、その成果を踏まえた彼の演奏には接したことがなかったことから、そうした作品、その腕前が緻密に反映され、しっかりと捉え聴くことが出来るのは、やはりスタジオ制作の作品ではないかと、探し手にしたのがこの作品。


本来ならその作品の出来栄え、PVにてご紹介したかったのですけど、探したところ見つけることが出来なかったので、今回は彼のライブの映像をご覧いただき、そのピアノ・プレイに接していただき、それから、この作品について語らしていただくことにしたいと思います。







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2017年!印象に残った作品 Jazz編Vol.1 Renee Rosnes ”Written In The Rocks” [音源発掘]

今回は、久々となってしまっていた音楽記事。

実はそのこと、私こと8月に、これまでいた職場を離れ、新たな職場に移り、新たな職場での日々を過ごすようになったことから、諸事、その新しい環境に慣れ適応するのに四苦八苦の連続で、じっくりと音楽を楽しめるような状況になかったのが、その原因。

とは言うものの、今は、その苦難の始まりから3か月が過ぎたところで、ようやくその職場に馴染め、再び音楽を楽しめる平常心を取り戻せたというところ。

とは言っても、そうこうしているうちに2017年も早、11月。
となれば、今年出会った音楽の数々、その諸作品の中でも特に印象に残った作品について語っておかねばと思い、今回は、そのテーマで筆を進めることにいたしました。

さて、その第1回は、ジャズ作品の中から、今年手にしたお気に入りのピアノ・ジャズ作品を取り上げご紹介させていただくことにいたしました。

その、まずはの作品はこちら.......[右斜め下]

RENEE ROSNES   Written In The Rocks.jpg


カナダ出身の女流ジャズ・ピアニストRenee Rosnes 2015年の作品”Written In The Rocks”です。

1980年代の半ばに、60年代ポストColtraneを担う中堅のサックス奏者として注目された、Joe Henderson に見い出されジャズのメジャー・シーンに登場した彼女、その後はWayne Shorter 、JJ Johnsonなどジャズの歴史に大きな功績を残したアーティストの下で活動しながら、次第にその評価を高め、1990年に名門Blue Noteレコードと契約、初のフルデビュー作品”Renee Rosnes ”を発表、その存在を世に大きく知らしめることになったアーティストなのですが.........。


そうした評判を耳にしながら、私が、その彼女のピアノを聴く機会を得たのは、ちょうどそのデビュー作品が日本でもリリースされ、巷の評判になっていた1990年頃のこと、確か、Mind of Medicine Jazz Project のコンサートだったと思うのですが、彼女が、ドラマーのEd Thigpen 率いるYoung Men & Olds の一員と共に来日、その仲間に加わり演奏した、TVで放映されたそのライブ演奏を、偶然見てのことでした。

そこで見た彼女のプレイは、Bill Evans的タッチの端正さを宿しながらも、どこか女性らしい柔らかさと優しさを包含し、その美貌と相まって、いやそれ以上に独自の雰囲気を醸し出していた、その心地良く純良なサウンドにすっかり魅了されてしまったのでした。

といったところで、その純良な心地良さを感じたサウンド、少々長めですが、この2015年の様子を捉えたこのライブ映像で、とくと味わっていただくことにいたしましょう。







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船橋、今と!! それを育んだ歴史の跡 (その3;中・近世、町の発展編) [閑話休題]

前回は、この次に訪れたこんな場所、

DSCN3987m.JPG


と、この写真を残して、記事を終えましたが、今回は、そうした過去の営み残照を感じる、この町の中近世の名残を探し求め歩いた、その道行きをまた続け語ってみることにしたいと思います。


ところで冒頭に掲げた、住宅に囲まれたこの写真の場所、これは何かお分かりになりますか。


家々に囲まれた場所に鳥居、差し詰め、それは古くからの商店街に残ったお稲荷さんだろうって!!

確かにそう見えなくありませんが、この社に祀られているお方は...........?




この絵のお方!!!!!!!

夢の家康.jpg


高僧のようにも見えますが。

となればこの社、お稲荷さんではありませんよね。


この絵は、そのお方が、第3代将軍 徳川家光公の夢枕に立たれたその時の姿を描いたもの。

となると、その人を祀るこの場所は????





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船橋、今と!! それを育んだ歴史の跡 (その2;その名の始まり編) [閑話休題]

今回も前回に引き続き、私の住む町、船橋のお話。

ふなっしーとアンデルセン公園の影響か、近年、全国住みたい町の上位にランクされるようになった船橋、このこと、私が住み始めた頃は、常にワーストにランクされていたことから考えると、それはにわかには信じられないことだ思いながらも、世間の評判を呼ぶようになったその町に住む私、それまでどうせたいした所ではないと感じ振り返り見ることなかったこの町のこと、よく考えてみると「そういえば長年住んでいるのに船橋の歴史、あまりにも知らなすぎる」ということに気付き、この町の成り立ちを一念発起調べてみることにしたのです。


そして、調べ始めてみてまず驚いたのは、世間的にはあまり知られてはいないことだと思いますが、この地、縄文時代の遺跡である貝塚の多い地域であるということ。

さらに驚いたことにその貝塚、、平成20年に発掘調査された取掛西貝塚などは、現在発掘された市内の遺跡の中ではさも古いものだそうで、縄文草創期に属す1万年前のものであるのをはじめ、市の史跡公園としなっている7000年前の飛ノ台遺跡など、多くの古い縄文遺跡が市内各所に点在してあるという事実。

特に10000年前という取掛西貝塚遺跡の貴重性、縄文遺跡としては特に有名な、あの青森県の三内丸山遺跡が、今から5000~4000年前の縄文中期に最盛期のものだということを考えると、この地に人々が集落を作り住み始めたことのその古さ、そのことがよくわかるのではないかと思います。


そうした遥か古の昔より人々の営みの痕跡を宿すこの地、この様子なら中央の歴史書には語られていない、隠された歴史の痕跡と出会えるのではと考え、今度は、船橋という町の隠れた伝承を宿す地を探し町を訪ね歩るいてみることにしたのです。


そうして、まず訪れてみたのは、船橋の地名語源とされるこの場所。

DSCN4005m.JPG


海老川に架かる海老川橋。

中近世には、海陸旅の重要拠点の宿場町として繁栄したという船橋、その船橋の家々が立ち並ぶ本町通の東のはずれ近くに架かるこの橋、この橋のある場所が、この船橋の地名由来の場所だというのですが、その謂れは 日本最古の歴史書である日本書紀・古事記の征西・征東の説話で知られる、日本武尊が東征の途上、当時は現在より水量も多く川幅の広かったこの川を渡河することが出来ず難儀していたところ、地元の民が小舟を並べて橋を渡したというのが、この船橋とう地の名称発祥の由来なのだとか。

DSCN4006m.JPG


日本武尊というと第12代景行天皇の皇子で、大和朝廷創成期にその勢力拡大に活躍した伝説の人物ですが、その舞台となった時代は、今から1500年ほど前の古墳時代のこと。

そうなればこの地名譚、現存する史書で、この地名が確認できるのは、鎌倉時代に成立した「吾妻鏡」だというのですが、書記などにある古い説話がその発祥譚と関係づけられている考えると、その成立の時期はさらに遡るれる推定できるのではと考えてしまうのです。


..........................###!!

と、ここまで書いてふと思いあったのが、平安時代初期の史書「日本三代実録」に名を見せる、今もこの地に鎮座する、現在は船橋大神宮の名で親しまれている下総国意富比神社の存在。

DSCN4021m.JPG


現在は、かっての宿場通りの東の端に鎮座するこの社なのですが、当初はそれとは逆の西の端にあったというのです。

それがこの社。

DSCN5280m.JPG


今は入日神社と呼ばれているこの社。

この社、JR総武線の線路を跨ぐ国道14号線の跨線橋の影になり、よく注意して歩かないと行き過ごしてしまうような場所となってしまった所にある社なのですけど、実は、このどこにでもあるような何の変哲のない社が、「意富比神社」の元宮だというのです。

その由来によると、海路により東京湾横断し、上総の国今の君津近辺に上陸した日本武尊が、次に上総を出帆し上陸したのが、下総の国のこの場所だったというのです。
そしてその後、その地の人々によって、尊の遺徳を偲びかつ郷土の守り神として、その上陸地に建立したのが、この社だと語っているのです。


こうやって、今に残る伝承の断片を見て行くとこの地の地名譚、元々海運・漁労を生業としていたこの地の集落の人々が、その安全・豊漁の願いを祈っていたこの元宮に、その昔、関東各地広くに多くの伝承を生み残していた、嵐に会いながらも東京湾を渡り関東一体に朝廷の威徳を広しめた日本武尊の遺徳にすがり、日々暮らしの救いを求め、自然発生的に日本武尊と船橋の地名を結んだ地名発祥伝承が生みだしたのはと思えて来たのです。


今でも、船橋大神宮の境内に建つこの建物。

01006m.jpg


長きにわたり、海と共に生きて来たであろうこの地の人々を見守って来た船橋大神宮灯明台、その建物を見るにつけ、この地に暮らした人々の、古代の英雄にその暮らしの安寧を託した心の内の祈りの囁きが聞えてくるような、そんな気さえしてくるのです。




夏に逆戻りかと思うような暑い日に続いたかと思えば、突然、間もなく冬到来を感じさせる日々が続く、超気紛れな今年の秋の空模様。
これは老いた体には毒になるとばかり、先日仕事に合間の休息をと立ち寄った、埼玉県岩槻市にある岩槻城址公園で出会ったこの風景。

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驚いたことに、早、平地にも紅葉の季節が訪れていた。
ここ数年に比べ1ヶ月近く早いその訪れに、風邪ひき易体質の私、よく大丈夫でいれたものだと、病気にならぬようもう一度その気を引き締め直しながら、その様子を楽しんできました。


さて、調べれば、調べるほどその奥深い歴史に触れられる私の住む町船橋、次回の行き先は、この町がさらに発展をとげた近世のこんな場所を訪れ、そこから見える風景を味わうことにしたいと思います。

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船橋、今と!! それを育んだ歴史の跡 その1 ≪ふなっしー地上降臨5周年≫ [閑話休題]

船橋、私がこの地に住んでから、気付いてみれば、いつの間にやら30年。
そもそもは、仮初の寓居のつもりだったのですけど、昨今は、ここまで長く住むことになろうとは考えていなかったと思いながら、、先日、毎日お世話になっている、我家の最寄を走る新京成電鉄に乗っているる.........???

いつもは電車に乗りシートに座ると即、惰眠を貪ってしまう私、この日もご多分に漏れずいつものように惰眠を貪っていたのですが、電車が駅に停車するのを感じたところで、どういう訳か、どの辺まで来たのだろうかと、ふと目を開けてみると、いきなりその目に飛び込んできたがこの駅名表示板。

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何故か、駅名の横にふなっしーの姿絵が!!!
さらに、よく見てみると、駅名”みさき”の”さ”と”き”の右下には小さく小さな”っ”と”ー”の文字が!!

IMG_5200m.JPG


”みさっきー”
この間書き、最初はふなっしーの絵を見た悪餓達のゴロ合わせ狙ったいたずら書きかと思ったのですけど、他の駅名板を見てみると、他も皆同じようになっている。

これはいくらなんでも手が混んでる、となるとこれは、この駅の所有者、新京成電鉄の仕業??

近年、電車や駅をピンクと白のツートンに塗り替え、田舎私鉄のイメージの払拭に懸命な新京成電鉄。
船橋市にある三咲駅、この駅名をご当地人気キャラの”ふなっしー”をもじって”みさっきー”とする味なマネ、ずいぶんこの会社も変わったものだ思いつつ、ならば船橋市内にある他の新京成電鉄の各駅にも何か仕掛けがあるのではと考えて、後は寝ずに他の駅の様子もよく見てみたのですが、特に変わったものなのもなし。

なれば、深夜22時から翌朝7時まで無人駅となる新京成線の中でもローカルな部類入ると思える三咲駅、そんな駅にあれだけの仕掛けの意味、それは一体何???

そんな疑問を抱き続けながら、翌日も新京成電車に乗って車内を見渡すと、目に入って来たのがこの社内広告。

IMG_5198mJPG.jpg


それは、ふなっしー地上降臨5周年と、新京成電鉄70周年を祝うコラボ企画の広告。

それによれば、
ふなっしートレインの運行や、三咲駅のふなっしー部屋の登場、ふなっしートレイン記念乗車券の発売など。いくつかの記念イベント企画されているとのこと。

AS20170704003356_commLm.jpg


その中で、特に私の気を惹いたのは、昨日見たふなっしーだらけの三咲駅の有様から、その駅に設けられたというふなっしー部屋の存在。

一体、どんなものなのか一見してみたい、見ればあの時思った疑問も氷解するかもしれないと、帰宅時に早速寄って、見てみることにしたのですが..................!!




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天体ショーの名を冠したJazz作品・ Bobby Hutcherson;Total Eclipse 本日の作品;vol.136  [デジタル化格闘記]

今年の8月21日、31年ぶりにアメリカで観測された皆既日食、

これだけなら、いつもなら「ああそうか」と終わてしまう私なのですが、しかし、今回のそれは、アメリカ西海岸のオレゴンに始まり東海岸のナッシュビルに至るまで1時間余りをかけアメリカ本土を横断するという空前絶後の大天体ショーだとのこと。

ということで、その壮大なスケールの天体ショー、一体どんなものだったろうと、かなり興味をそそられていたところ、後日その様子がTVで放送されるとの話。

これは、是非見なければいけないと、即その放送の録画セットをし後日それを見てみると、月が太陽を覆い尽くす瞬間にその淵に見られる一瞬の輝きデイリービーズや、月が太陽から離れ始め再び光が輝きだす瞬間の第3接触など、その現象と名称の解説を聞きながら見事な日食の映像を堪能することが出来たのですけど、さらに勉強になったのは、この天体ビックイベントに満を持して観測に臨んでいた天文学者達らの、その動静。

その観測対象は、太陽のまわりを取り囲む太陽の冠コロナ。
普段は太陽の光の影響で観測することが難しいのですが、太陽光が月に完全に遮られる日食は、その観測の絶好の機会だというのです。

何故コロナを観測するのかというと、コロナというのはプラズマで普段は太陽の磁場によってその周り繋ぎ止められているのですが、その太陽が大爆発を起し磁場が乱れた時に一気に宇宙に放出(コロナ質量大放出)されることがあり、これが地球に達した時、少量であれば地球の磁場が防護壁となるも、多量であればその磁場が破壊され地球環境に大きな影響を与えるからだというのです。

その影響、事実過去にも、コロナ質量大放出によって人工衛星が機能喪失となったり、カナダでは州単位の大規模停電が発生したりの事例があり、さらには携帯電話などの現代社会にはなくてはならない通信機能が破壊されてしまったり、航空機などの交通網の運航に妨げてしまうなど、我々の生活に大きな混乱をもたらすことなってしまうというのです。

この発生メカニズムを解明し、予知を可能とするための天文学者たちの挑戦、つくづく生命溢れる環境を生み出した奇跡の惑星「地球」、しかし常に宇宙の脅威に晒されているのだと、そのことをつくつづくと感じさせられながら、その脅威回避に挑む人々の絶え間ない努力に、心の奥底からエールを送りたい気持ちになりました。



とまあ、音楽記事を書くはずが日食の話ばかり終始して、これでおしまい!!



としたいところですけど、タイトルにJazz作品と書いてしまったので、やはりここは続けなければいけないと考え気合を入れ直してその作品のことを続けることに.............!



実は、この放送を見た後、そういえばこの皆既食の名を冠したジャズ作品があったなあと思い出し、久々に聴いてみたのがこの作品。

Bobby Hutcherson Total Eclipse.jpg


ヴィブラフォン奏者Bobby Hutchersonの1968年の作品”Total Eclipse(皆既食)”。

60年代 Milt Jacksonの独壇場であったヴィブラフォンの世界にGary Burtonと共に登場したHutcherson。

当時主流となっていたモーダルの手法を身に着けた新主流派ジャズのヴィブラフォン奏者としてGary Burton共にヴィブラフォンの世界に新風を吹き込んだHutchersonなのですが、その両者の演奏スタイル
は、前者のBurtonが知的で繊細なプレイがその魅力なのに対し、後者のHutchersonは野性的で力強さを感じさせるというまさに対照的なもの。

これは、当時のモーダル・ジャズを牽引した二人のピアニスト Bill EvansとMcCoy Tynerとスタイルの違いと同様であり、機会があれば、ピアノと同様ヴィブラフォンにおいても、この二人の違いを聴き探してみるのも面白いようにも思います。


さて、このHutcherson 1963年にBlue Noteレコードにて初リーダー作”Dialogue”を発表、その後1966年に”Happenings”を発表、その地位を不動のものにして行くのですが、この時期の作品で面白いの、それぞれレコーディングごとに変わるピアニストとの触れ合いによるそのサウンドの違い。

”Dialogue”のAndrew Hill に始まり”Happenings”のHerbie Hancock、そして続いての次作”Stick-Up!”ではMcCoy Tynerと、当時ジャズ界の中心的存在にあったピアニストと共演し、いよいよ、この今作では、当時新進気鋭のピアニストとしての頭角を現してきた、Chick Coreaとの共演を果たしているのです。

特に、この作品のレコーディングされた時のChick Coreaは、この年の3月に彼自身初のリーダー作品であり、当時新進気鋭のピアニストして注目されていた彼の評価を決定づけた作品”Now He Sings, Now He Sobs”の録音を終えたばかりの時期で、”Now He Sings, Now He Sobs”で聴かせてくれた、フレッシュかつ斬新なプレイの感覚が、このHutchersonコラボではどのように反映され聴こえてくるのか、興味が尽きないところ。

という前置きはここまでにして、まずはCoreaの初リーダー作品、”Now He Sings, Now He Sobs”にも収められていた、初期Coreaの代表曲"Matrix"を、早速聴いていただくことにいたしましょう。


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秋の気配を運び来るフルートの音・”Phenil Isopropil Amine” Bobby Jaspar  [音源発掘]

梅雨は、とっくに明けたはずなのに、いつまでも続くじとじとした日々。

8月も半ばとなれば、暑い日中の時が過ぎれば、何処からともなく、秋の訪れを間近に感じる風がそよぎ来る時となるはずなのに。

と思ずれるい、これから訪れる来る季節の気配を待ち焦がれながら、今回は一足早く、秋の気配を宿した音楽を探し聴いてみることにしてみました。

そうして、いろいろ聴き、これならばと思ったのがこの作品。

Bobby Jaspar Phenil Isopropil Amine.jpg


ベルギー人のテナーサックス、フルート奏者であるBobby Jasparの1958年の作品”Phenil Isopropil Amine(邦題:スピーク・ロウ)”。

Bobby Jasparというアーティスト、どちらかと言うと知る人ぞ知ると言った類のアーティストだと思うので、そのプロフィールを簡単にご紹介されていただくと、

1926年ベルギーのリエージュで生まれのJaspar 、自国でのレコーディングデビューを果たした後、1950年にさらなる極み求めて、引き続き現代でもヨーロッパにおけるジャズの中心地となっているパリに進出することになります。

そして、そこで高い評価を得たJaspar は、周囲の勧めもあって、いよいよ1956年に渡米、ここでもまたその評価は揺るがすことなく、当時アメリカでの超一流のジャズ・アーティストらに認められ、彼等と行動を共にすることになるのです。

その顔ぶれには、J.J. Johnson、Kenny Burrell、Wynton Kelly、さらにWikiによればMiles DavisやJohn Coltrane、Donald Byrdまで、今や伝説のジャズの巨人となっている多くのアーティストが彼を賞賛し彼を向かえ入れたというのです。

中でも、彼の存在を有名にしたのは、私自身 渡米直後に加入したトロボーンの巨匠J.J. JohnsonのQuintetへの参加だと思っているのですが、そう思うのは、当時、このQuintetのメンバーには、後年ジャズ界の中心的存在となる若き日の Tommy Flanagan (piano)とElvin Jones(drums) が在籍していて、この二人のうち、当時すでに多くのアーティストのレコーディングに引っ張りだこの存在になっていた Tommy Flanagan のディスコグラフィーを見たところ、

そのBobby Jaspar、J.J. JohnsonのQuintetでのアメリカ・レコーディング・デビュー後すぐにFlanagan 、Elvin等と共に彼 自身アメリカでの初のリーダー・レコーディングを行い、その後、多くのアーティストとのレコーディング機会を得ていたことを知ったからなのです。



さて、ここで1曲。
テナー・サックスとフルート、二つの楽器を操るJasparですが、その真骨頂はやはり美しいフルート・プレイ。
全編、フルートの演奏で挑んだこの作品から”Cliff Cliff”を聴いていただくことにいたしましょう。




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火砕流に呑まれた古代の王国 [仕事の合間に]

今年に入ってから、例年になく仕事で足を運ぶことが多くなった上州路(群馬県)。

私にとって、地元の人もなかなか知らない歴史や隠れた見どころを知ってしまった甲信州路とは異なり、こちらはまだまだ未開拓の地。
こちらの方も、それまで行くたびにそれまで知らなかった新たな発見があって、はたまた仕事とは言いながらも旅を楽しむこととなっていたのですが、何度か訪れているうちふと思いあたったのが...........。


群馬県という所、一般的に尾瀬や日光白根山など美しい自然や草津、伊香保などの温泉地で有名な所なのですが、いささか地味でありますが古墳時代の古代遺跡の数とその内容においても全国有数の地だということ。

特に、人や動物、家などを模った形象埴輪では、国宝の「挂甲武人埴輪」や重要文化財となっている「」腰かける巫女埴輪」などの出土地としてその質においても見るべきものが多い所。

埴輪 挂甲武人 国宝.jpg


埴輪 腰かける巫女 国宝.jpg


となれば、仕事とは言えせっかくその地に足を運ぶのだからと、その好機を捉えて日本の古代の痕跡を探し歩いてみることに決めたのです。

そして、仕事の打ち合わせを終え帰路に着こうとしたとある日の午後。
渋川付近を車で走っていると路傍に見えてきたのが中筋遺跡の案内板。

やはり、この辺りは遺跡が多いのだな、ならば立ち寄ってみようと躊躇することなくその案内板に従い進むことにしたのです。

そして到着したのが、

DSCN3215m.JPG


一見、住宅地の中に復元竪穴式住居だけがある平凡な遺跡のように見えますが..........。

まあせっかく来たのだからと、遺跡の中に入って行くと、足元に地中からしっかりとその原形を留めた土器群が顔を覗かせています。

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普通の復元遺跡では、発掘された土器を,わざわざ見学者に見せるよう半地中に埋めてある遺跡の復元形態は見たことがないし、これは一体どういうことだろう、何か意図あってのことかと思い、近くにあった案内板を見てみると。

この遺跡、今から1500年ほど前の榛名山の大爆発による火砕流に呑み込まれ、突如この世から消えてしまった集落の遺構だというのです。

つまりこれは、長きに渡り人に知られることなく地中に眠り続けた古代の集落だということ。
地上に顔を覗かす土器群が残されていた意味もこれで氷解。

それにしても、その復元された遺跡のリアル感、、元々発掘された時の保存状態の良さが想像されます。

これならば復元竪穴式住居の方も何かあるはず、竪穴式住居と言うと、中央に備えつけられた火を絶やすことない囲炉裏を囲み、そこで煮炊きし生活していた古代人の姿を連想しつつ、中に入ってみると。

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そこにあったのは、壁際にしっかりと据えられた竈が。
竈の上の穴に土器を置き食作りをして煮炊きの場と居住空間の仕分けを図っていた、そこには現代のような華やかな豊かさはないけれど、どこからともなく、神々の脅威にさらされながらもその恩恵を受け豊かに暮らしていたであろう古墳時代の人々の息吹が聞えてくるような、そうした雰囲気が漂っていました。

中筋遺跡_4.jpg


そして、1500年前の榛名山の大噴火で埋もれた遺跡、その後、この中筋遺跡からさほど離れていない場所から、さらなる大発見があったというのです!!!!!!!














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魅惑の女性ジャズ・トランぺッター;市原ひかり”MOVEON” [音源発掘]

7月になりましたね。

夏の暑さも本番を迎え、少々バテ気味ながらも相も変わらず日々仕事に翻弄されている毎日を過ごしている私。
「引退間近の年寄りをここまでこき使うなよ」と、愚痴を言いながらも、私を頼って来る依頼者の願いには耳をかさぬ訳には行かず、さらに忙しさも増していつまで経っても楽をできないでいる有様。

と言いながらも記事の更新も怠る気持ちにはなれず、今回のお話は、ここのところ遠のいてしまっていたジャズ作品のお話。

そうしたことで、今回取り上げるは、昨今お気に入りでよく聴いている、日々の忙しさを紛らわしてくれているこの作品。

Move On 、市原ひかり m..jpg


日本の女性ジャズ・トランぺッター市原ひかり 2010年発表の5作目の作品”MOVE ON”を取り上げることにいたしました。

2005年の作品 ”一番の幸せ”でCDデビューをした彼女、最初はまた女の子のジャズ・プレヤーか、どうせ日本のレコード会社の受け狙いの産物なのだろうと聴いてみる気すらなかった私なのですが、その私が彼女のサウンドに興味を覚え聴いてみようと思ったのは、翌2006年に制作された2作目の作品”Sara Smile”に出会ってのこと。

今は廃刊となってしまったジャズ雑誌スィング・ジャーナルでGoldディスク作品として紹介されているのを知り、その内容を見てみると、ジャズの本場NYで活躍している強者アーティストを従えての海外録音。

2作目にしてこの力のいれよう、これは、いくら売らんかな姿勢丸出しの日本のレコード会社でもありえないこと!!
もしかすると、なかなかの逸材やもしれぬと、早速手に入れ聴いてみることにしたのです。

そして一聴してみると、当時、若干24歳の女の子が、NYの猛者連に揉まれながらも対等に渡り合っている。
しかも、そのサウンドは女性らしく、マイルドで優しい香りに満ちていたという何とも印象に残るもの。

これは将来が楽しみなアーティストだと思いながらも、しかし、一方、当時の私はトランペットいうと幅広い音域を駆使しバリバリと迫りくるスタイルが好みだったこともあって、彼女のプレー・スタイルには今一つ何か物足りないものを感じてしまって、その良さを理解できぬままとなってしまったのです。

そのトラウマが祟ってか、それから10年。
それまで、彼女のトランペットを聴くことはあまりなかったのですが、とある日、CDショップに行き店内を物色していると突然目に飛び込んで来たのがこの”MOVE ON”。

こういう形で出会った作品、これはご縁の産物なのだと、過去にも持ち帰り聴いてその良さに嵌ってしまった経験が度々あった私。
もしかすると、これもその筋の作品なのではと直感し、持ち帰り聴くことにしたのです。

さて、その顛末は??

その答え、それでは早速その演奏、聴いていただき判定していただくことにいたしましょう。







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花々に包まれた甲斐源氏発祥の郷 [仕事の合間に]

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少し前のことになりますが、今年4月の終わりから5月に甲州路へ度々足を運ばなければならなこととなり、かなり忙しい日々を過ごしていたのですけど、そうした日々、わずかの時間手が空いた時にあたりを見回してみたところ新たな発見が!!

前回は、3月終わりの寒の戻りのおかげで、例年なら花時期が終わっているはずの桃の花園を訪れかろうじて最後の花を咲かすその様子瞬間を紹介させていただきましたが、今回は出会った花々は、

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まずは、はなみずきの花。

いつも仕事で訪れる甲府市から中央市にかけての一帯は、街路樹にはなみずきが植えられている場所があって、かねがね見頃に行けば、その可憐な花々の美しさを満喫できる場所だなと思っていたのですが、これまでなかなかその機会に恵まれず出会えないでいたのす。

しかし、今年は!!

やっとのことでその時期を捉えることができたのです。


白いはなみずきもこの通り。

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そして、さらに、この季節の甲州路の楽しみは、こちら!!

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ちょっと、変わったアヤメの花。
普通アヤメと言うと、紫か稀に白い花をつけるがふつうなのですけど、こちらの花は???

紫の花に混じって黄色や肌色の花が咲いているという、なんとも不思議な光景。

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この写真、中央道下り線の境川PAの売店裏の5月の連休明けの光景なのですけど、皆さんも、この時期この場所を通ることがあったならば、そこに立ち寄って覗いてみるのもいいかもしれませんよ。

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さて今回の旅、甲斐路に咲く春の花々の宴も楽しみ一つだったのですが、今回は、昨年秋に訪れた壇ノ浦の戦いの時、遠弓の秘儀で相手を倒し源氏の勝利に大きな功績を残した浅利与一こと浅利義遠、その所縁の地である大福寺に義遠の墓所があることを知り、その地を再度訪れてみることにしたのです。

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その結果......

前回の記事でお話をした通り、この浅利義遠と言う人物は、平安時代末期に現れた武田信玄に通じる甲斐武田氏の祖である武田信義の弟なのですが、この墓参をしたことがきっかけとなってしまったのか、源平の世に活躍した甲斐源氏一党の歴史の痕跡の世界へとまた一歩足を踏み入れてしまうことになってしまったのです。



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