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天体ショーの名を冠したJazz作品・ Bobby Hutcherson;Total Eclipse 本日の作品;vol.136  [デジタル化格闘記]

今年の8月21日、31年ぶりにアメリカで観測された皆既日食、

これだけなら、いつもなら「ああそうか」と終わてしまう私なのですが、しかし、今回のそれは、アメリカ西海岸のオレゴンに始まり東海岸のナッシュビルに至るまで1時間余りをかけアメリカ本土を横断するという空前絶後の大天体ショーだとのこと。

ということで、その壮大なスケールの天体ショー、一体どんなものだったろうと、かなり興味をそそられていたところ、後日その様子がTVで放送されるとの話。

これは、是非見なければいけないと、即その放送の録画セットをし後日それを見てみると、月が太陽を覆い尽くす瞬間にその淵に見られる一瞬の輝きデイリービーズや、月が太陽から離れ始め再び光が輝きだす瞬間の第3接触など、その現象と名称の解説を聞きながら見事な日食の映像を堪能することが出来たのですけど、さらに勉強になったのは、この天体ビックイベントに満を持して観測に臨んでいた天文学者達らの、その動静。

その観測対象は、太陽のまわりを取り囲む太陽の冠コロナ。
普段は太陽の光の影響で観測することが難しいのですが、太陽光が月に完全に遮られる日食は、その観測の絶好の機会だというのです。

何故コロナを観測するのかというと、コロナというのはプラズマで普段は太陽の磁場によってその周り繋ぎ止められているのですが、その太陽が大爆発を起し磁場が乱れた時に一気に宇宙に放出(コロナ質量大放出)されることがあり、これが地球に達した時、少量であれば地球の磁場が防護壁となるも、多量であればその磁場が破壊され地球環境に大きな影響を与えるからだというのです。

その影響、事実過去にも、コロナ質量大放出によって人工衛星が機能喪失となったり、カナダでは州単位の大規模停電が発生したりの事例があり、さらには携帯電話などの現代社会にはなくてはならない通信機能が破壊されてしまったり、航空機などの交通網の運航に妨げてしまうなど、我々の生活に大きな混乱をもたらすことなってしまうというのです。

この発生メカニズムを解明し、予知を可能とするための天文学者たちの挑戦、つくづく生命溢れる環境を生み出した奇跡の惑星「地球」、しかし常に宇宙の脅威に晒されているのだと、そのことをつくつづくと感じさせられながら、その脅威回避に挑む人々の絶え間ない努力に、心の奥底からエールを送りたい気持ちになりました。



とまあ、音楽記事を書くはずが日食の話ばかり終始して、これでおしまい!!



としたいところですけど、タイトルにJazz作品と書いてしまったので、やはりここは続けなければいけないと考え気合を入れ直してその作品のことを続けることに.............!



実は、この放送を見た後、そういえばこの皆既食の名を冠したジャズ作品があったなあと思い出し、久々に聴いてみたのがこの作品。

Bobby Hutcherson Total Eclipse.jpg


ヴィブラフォン奏者Bobby Hutchersonの1968年の作品”Total Eclipse(皆既食)”。

60年代 Milt Jacksonの独壇場であったヴィブラフォンの世界にGary Burtonと共に登場したHutcherson。

当時主流となっていたモーダルの手法を身に着けた新主流派ジャズのヴィブラフォン奏者としてGary Burton共にヴィブラフォンの世界に新風を吹き込んだHutchersonなのですが、その両者の演奏スタイル
は、前者のBurtonが知的で繊細なプレイがその魅力なのに対し、後者のHutchersonは野性的で力強さを感じさせるというまさに対照的なもの。

これは、当時のモーダル・ジャズを牽引した二人のピアニスト Bill EvansとMcCoy Tynerとスタイルの違いと同様であり、機会があれば、ピアノと同様ヴィブラフォンにおいても、この二人の違いを聴き探してみるのも面白いようにも思います。


さて、このHutcherson 1963年にBlue Noteレコードにて初リーダー作”Dialogue”を発表、その後1966年に”Happenings”を発表、その地位を不動のものにして行くのですが、この時期の作品で面白いの、それぞれレコーディングごとに変わるピアニストとの触れ合いによるそのサウンドの違い。

”Dialogue”のAndrew Hill に始まり”Happenings”のHerbie Hancock、そして続いての次作”Stick-Up!”ではMcCoy Tynerと、当時ジャズ界の中心的存在にあったピアニストと共演し、いよいよ、この今作では、当時新進気鋭のピアニストとしての頭角を現してきた、Chick Coreaとの共演を果たしているのです。

特に、この作品のレコーディングされた時のChick Coreaは、この年の3月に彼自身初のリーダー作品であり、当時新進気鋭のピアニストして注目されていた彼の評価を決定づけた作品”Now He Sings, Now He Sobs”の録音を終えたばかりの時期で、”Now He Sings, Now He Sobs”で聴かせてくれた、フレッシュかつ斬新なプレイの感覚が、このHutchersonコラボではどのように反映され聴こえてくるのか、興味が尽きないところ。

という前置きはここまでにして、まずはCoreaの初リーダー作品、”Now He Sings, Now He Sobs”にも収められていた、初期Coreaの代表曲"Matrix"を、早速聴いていただくことにいたしましょう。


2017皆既日食.jpg








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秋の気配を運び来るフルートの音・”Phenil Isopropil Amine” Bobby Jaspar  [音源発掘]

梅雨は、とっくに明けたはずなのに、いつまでも続くじとじとした日々。

8月も半ばとなれば、暑い日中の時が過ぎれば、何処からともなく、秋の訪れを間近に感じる風がそよぎ来る時となるはずなのに。

と思ずれるい、これから訪れる来る季節の気配を待ち焦がれながら、今回は一足早く、秋の気配を宿した音楽を探し聴いてみることにしてみました。

そうして、いろいろ聴き、これならばと思ったのがこの作品。

Bobby Jaspar Phenil Isopropil Amine.jpg


ベルギー人のテナーサックス、フルート奏者であるBobby Jasparの1958年の作品”Phenil Isopropil Amine(邦題:スピーク・ロウ)”。

Bobby Jasparというアーティスト、どちらかと言うと知る人ぞ知ると言った類のアーティストだと思うので、そのプロフィールを簡単にご紹介されていただくと、

1926年ベルギーのリエージュで生まれのJaspar 、自国でのレコーディングデビューを果たした後、1950年にさらなる極み求めて、引き続き現代でもヨーロッパにおけるジャズの中心地となっているパリに進出することになります。

そして、そこで高い評価を得たJaspar は、周囲の勧めもあって、いよいよ1956年に渡米、ここでもまたその評価は揺るがすことなく、当時アメリカでの超一流のジャズ・アーティストらに認められ、彼等と行動を共にすることになるのです。

その顔ぶれには、J.J. Johnson、Kenny Burrell、Wynton Kelly、さらにWikiによればMiles DavisやJohn Coltrane、Donald Byrdまで、今や伝説のジャズの巨人となっている多くのアーティストが彼を賞賛し彼を向かえ入れたというのです。

中でも、彼の存在を有名にしたのは、私自身 渡米直後に加入したトロボーンの巨匠J.J. JohnsonのQuintetへの参加だと思っているのですが、そう思うのは、当時、このQuintetのメンバーには、後年ジャズ界の中心的存在となる若き日の Tommy Flanagan (piano)とElvin Jones(drums) が在籍していて、この二人のうち、当時すでに多くのアーティストのレコーディングに引っ張りだこの存在になっていた Tommy Flanagan のディスコグラフィーを見たところ、

そのBobby Jaspar、J.J. JohnsonのQuintetでのアメリカ・レコーディング・デビュー後すぐにFlanagan 、Elvin等と共に彼 自身アメリカでの初のリーダー・レコーディングを行い、その後、多くのアーティストとのレコーディング機会を得ていたことを知ったからなのです。



さて、ここで1曲。
テナー・サックスとフルート、二つの楽器を操るJasparですが、その真骨頂はやはり美しいフルート・プレイ。
全編、フルートの演奏で挑んだこの作品から”Cliff Cliff”を聴いていただくことにいたしましょう。




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火砕流に呑まれた古代の王国 [仕事の合間に]

今年に入ってから、例年になく仕事で足を運ぶことが多くなった上州路(群馬県)。

私にとって、地元の人もなかなか知らない歴史や隠れた見どころを知ってしまった甲信州路とは異なり、こちらはまだまだ未開拓の地。
こちらの方も、それまで行くたびにそれまで知らなかった新たな発見があって、はたまた仕事とは言いながらも旅を楽しむこととなっていたのですが、何度か訪れているうちふと思いあたったのが...........。


群馬県という所、一般的に尾瀬や日光白根山など美しい自然や草津、伊香保などの温泉地で有名な所なのですが、いささか地味でありますが古墳時代の古代遺跡の数とその内容においても全国有数の地だということ。

特に、人や動物、家などを模った形象埴輪では、国宝の「挂甲武人埴輪」や重要文化財となっている「」腰かける巫女埴輪」などの出土地としてその質においても見るべきものが多い所。

埴輪 挂甲武人 国宝.jpg


埴輪 腰かける巫女 国宝.jpg


となれば、仕事とは言えせっかくその地に足を運ぶのだからと、その好機を捉えて日本の古代の痕跡を探し歩いてみることに決めたのです。

そして、仕事の打ち合わせを終え帰路に着こうとしたとある日の午後。
渋川付近を車で走っていると路傍に見えてきたのが中筋遺跡の案内板。

やはり、この辺りは遺跡が多いのだな、ならば立ち寄ってみようと躊躇することなくその案内板に従い進むことにしたのです。

そして到着したのが、

DSCN3215m.JPG


一見、住宅地の中に復元竪穴式住居だけがある平凡な遺跡のように見えますが..........。

まあせっかく来たのだからと、遺跡の中に入って行くと、足元に地中からしっかりとその原形を留めた土器群が顔を覗かせています。

DSCN3212m.JPG


普通の復元遺跡では、発掘された土器を,わざわざ見学者に見せるよう半地中に埋めてある遺跡の復元形態は見たことがないし、これは一体どういうことだろう、何か意図あってのことかと思い、近くにあった案内板を見てみると。

この遺跡、今から1500年ほど前の榛名山の大爆発による火砕流に呑み込まれ、突如この世から消えてしまった集落の遺構だというのです。

つまりこれは、長きに渡り人に知られることなく地中に眠り続けた古代の集落だということ。
地上に顔を覗かす土器群が残されていた意味もこれで氷解。

それにしても、その復元された遺跡のリアル感、、元々発掘された時の保存状態の良さが想像されます。

これならば復元竪穴式住居の方も何かあるはず、竪穴式住居と言うと、中央に備えつけられた火を絶やすことない囲炉裏を囲み、そこで煮炊きし生活していた古代人の姿を連想しつつ、中に入ってみると。

DSCN3218m.JPG


そこにあったのは、壁際にしっかりと据えられた竈が。
竈の上の穴に土器を置き食作りをして煮炊きの場と居住空間の仕分けを図っていた、そこには現代のような華やかな豊かさはないけれど、どこからともなく、神々の脅威にさらされながらもその恩恵を受け豊かに暮らしていたであろう古墳時代の人々の息吹が聞えてくるような、そうした雰囲気が漂っていました。

中筋遺跡_4.jpg


そして、1500年前の榛名山の大噴火で埋もれた遺跡、その後、この中筋遺跡からさほど離れていない場所から、さらなる大発見があったというのです!!!!!!!














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魅惑の女性ジャズ・トランぺッター;市原ひかり”MOVEON” [音源発掘]

7月になりましたね。

夏の暑さも本番を迎え、少々バテ気味ながらも相も変わらず日々仕事に翻弄されている毎日を過ごしている私。
「引退間近の年寄りをここまでこき使うなよ」と、愚痴を言いながらも、私を頼って来る依頼者の願いには耳をかさぬ訳には行かず、さらに忙しさも増していつまで経っても楽をできないでいる有様。

と言いながらも記事の更新も怠る気持ちにはなれず、今回のお話は、ここのところ遠のいてしまっていたジャズ作品のお話。

そうしたことで、今回取り上げるは、昨今お気に入りでよく聴いている、日々の忙しさを紛らわしてくれているこの作品。

Move On 、市原ひかり m..jpg


日本の女性ジャズ・トランぺッター市原ひかり 2010年発表の5作目の作品”MOVE ON”を取り上げることにいたしました。

2005年の作品 ”一番の幸せ”でCDデビューをした彼女、最初はまた女の子のジャズ・プレヤーか、どうせ日本のレコード会社の受け狙いの産物なのだろうと聴いてみる気すらなかった私なのですが、その私が彼女のサウンドに興味を覚え聴いてみようと思ったのは、翌2006年に制作された2作目の作品”Sara Smile”に出会ってのこと。

今は廃刊となってしまったジャズ雑誌スィング・ジャーナルでGoldディスク作品として紹介されているのを知り、その内容を見てみると、ジャズの本場NYで活躍している強者アーティストを従えての海外録音。

2作目にしてこの力のいれよう、これは、いくら売らんかな姿勢丸出しの日本のレコード会社でもありえないこと!!
もしかすると、なかなかの逸材やもしれぬと、早速手に入れ聴いてみることにしたのです。

そして一聴してみると、当時、若干24歳の女の子が、NYの猛者連に揉まれながらも対等に渡り合っている。
しかも、そのサウンドは女性らしく、マイルドで優しい香りに満ちていたという何とも印象に残るもの。

これは将来が楽しみなアーティストだと思いながらも、しかし、一方、当時の私はトランペットいうと幅広い音域を駆使しバリバリと迫りくるスタイルが好みだったこともあって、彼女のプレー・スタイルには今一つ何か物足りないものを感じてしまって、その良さを理解できぬままとなってしまったのです。

そのトラウマが祟ってか、それから10年。
それまで、彼女のトランペットを聴くことはあまりなかったのですが、とある日、CDショップに行き店内を物色していると突然目に飛び込んで来たのがこの”MOVE ON”。

こういう形で出会った作品、これはご縁の産物なのだと、過去にも持ち帰り聴いてその良さに嵌ってしまった経験が度々あった私。
もしかすると、これもその筋の作品なのではと直感し、持ち帰り聴くことにしたのです。

さて、その顛末は??

その答え、それでは早速その演奏、聴いていただき判定していただくことにいたしましょう。







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花々に包まれた甲斐源氏発祥の郷 [仕事の合間に]

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少し前のことになりますが、今年4月の終わりから5月に甲州路へ度々足を運ばなければならなこととなり、かなり忙しい日々を過ごしていたのですけど、そうした日々、わずかの時間手が空いた時にあたりを見回してみたところ新たな発見が!!

前回は、3月終わりの寒の戻りのおかげで、例年なら花時期が終わっているはずの桃の花園を訪れかろうじて最後の花を咲かすその様子瞬間を紹介させていただきましたが、今回は出会った花々は、

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まずは、はなみずきの花。

いつも仕事で訪れる甲府市から中央市にかけての一帯は、街路樹にはなみずきが植えられている場所があって、かねがね見頃に行けば、その可憐な花々の美しさを満喫できる場所だなと思っていたのですが、これまでなかなかその機会に恵まれず出会えないでいたのす。

しかし、今年は!!

やっとのことでその時期を捉えることができたのです。


白いはなみずきもこの通り。

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そして、さらに、この季節の甲州路の楽しみは、こちら!!

DSC02299km.JPG


ちょっと、変わったアヤメの花。
普通アヤメと言うと、紫か稀に白い花をつけるがふつうなのですけど、こちらの花は???

紫の花に混じって黄色や肌色の花が咲いているという、なんとも不思議な光景。

DSCN4164m.JPG


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この写真、中央道下り線の境川PAの売店裏の5月の連休明けの光景なのですけど、皆さんも、この時期この場所を通ることがあったならば、そこに立ち寄って覗いてみるのもいいかもしれませんよ。

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さて今回の旅、甲斐路に咲く春の花々の宴も楽しみ一つだったのですが、今回は、昨年秋に訪れた壇ノ浦の戦いの時、遠弓の秘儀で相手を倒し源氏の勝利に大きな功績を残した浅利与一こと浅利義遠、その所縁の地である大福寺に義遠の墓所があることを知り、その地を再度訪れてみることにしたのです。

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その結果......

前回の記事でお話をした通り、この浅利義遠と言う人物は、平安時代末期に現れた武田信玄に通じる甲斐武田氏の祖である武田信義の弟なのですが、この墓参をしたことがきっかけとなってしまったのか、源平の世に活躍した甲斐源氏一党の歴史の痕跡の世界へとまた一歩足を踏み入れてしまうことになってしまったのです。



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プログレシッブ・ロックの夜明けを切り拓いたベーシスト達を偲んで Part.3 [音源発掘]

早いもので2017年も6月を迎え半年が過ぎようとしているところ。
この「プログレシッブ・ロックの夜明けを切り拓いたベーシスト達を偲んで」も遅々として筆の進まぬまま気付いてみれば3月に書き始めて以来3ヶ月も経過してしまいました。

これでは追悼というにはすでにその機会を逸してしまったな思いつつ、何とかけじめをということで今回はその最終回。

今年1月に、亡くなったベーシストのJohn Wettonのことをお話したいと思います。

John Wettonというと多くの方が、80年代一世を風靡したASIAでの活動を思い浮かべる方が多いのかもしれませんが、この人の名が多く知られるようなったのは1970年代の初頭のこと。
それまでとは全く異なったコンセプトで活動を開始したRobert Fripp率いる 第3期 King Crimsonへの参加によってでした。

ここでのWettonは、”Larks' Tongues in Aspic(邦題:太陽と戦慄)”、”Starless And Bible Black(邦題:暗黒の世界)、”Red”の3枚の作品にその足跡を残しているのですが、そのサウンドは、後のASIAでのものと大きく異なり、即興演奏(インプロビゼーション)を主体とした技巧的かつスリリングものだったことが思い出されます。


それでは、King CrimsonでのWettonのプレイ、まずは最初にCrimsonインプロビゼーション期の最後の作品”Red”から、

red king crimson.jpg


曲はその表題曲”Red”を聴き、その彼の足跡をたどって行くことにいたしましょう。



いかがですか。
私としてはこの時期のKing Crimsonが一番好きで、おかげでWettonというと、まずはこの作品を思い出してしまうのですが、ASIAでWettonを知った方々にとっては、このサウンドにはかなりの違和感を覚えたのではないかと思います。

革新的なサウンドを提示したKing Crimson、ここで世界的に名を知られるようになったWettonだったのですが、この”Red”を最後にKing Crimsonは1974年いったん解散、Wettonも新たなステージへと身を進めて行くことになるのです。

その行き先は、”Look At Yourself(邦題:対自核)”、”Demons And Wizards(邦題:悪魔と魔法使い)”、 ”The Magician's Birthday(邦題:魔の饗宴)”等の作品で、当時その地位を築きあげていたプログレシッブ・ハード・ロック バンドのUriah Heep。
その彼らの1975年の8作目の作品”RETURN TO FANTASY(邦題:幻想への回帰)から、その活動に参加することになったのです。

return to fantasy uriah heep.jpg


プログレシッブ・ロック的な感覚を付加しつつ、ポップな感覚のハード・ロック・サウンドで定評の高かったUriah Heep、そこでインプロビゼーションの世界で鍛え上げられたWettonのベース・サウンドが、どう炸裂するのか興味津々といったところ。

というところで、今度はその演奏、ここで聴いてみることにいたしましょう。











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桃源郷に咲く純白の桃の花 [仕事の合間に]

毎年、桜が散ったその時期に訪れることなる桃の花園、今年もまた訪れることになったのですが。

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しかし、いつもの年は4月の半ばに訪れるのですけど、今年は、仕事の日程がうまくはまらず20日過ぎの訪問となってしまったことから、もうその花の見頃は過ぎってしまった諦めていたのです。

とは言っても、現地到着してみると、せっかく来たのだからちょっと覗いてみようと丘の上にへと登ってみたところ......。


なんと桃の花々が、今年も私の来るのを待っていてくれたかのように、最後の一咲を見せていてくれました。

DSCN3812m.JPG



その場所は、中央道下り線 釈迦堂PA裏の丘の上にある釈迦堂遺跡博物館周辺の地。

例年は花見で多くの人で賑わうこの場所も、本来であればその見頃をとっくに過ぎってしまっている時期なので、訪れる人の影もまばらで、ゆっくりと花見をするには最高の状況。
これはラッキーと喜びながら早速、いつもの通り博物館駐車場に隣接するフェンス越しに美しい桃の花が咲き乱れている桃農園の中に入って行くと、

「おはようございます。」と言う人の声。
こちらも「おはようございます。」と挨拶をして、その声の方を見ると、そこにいたのはこの農園の女将さん。

これまでは、この桃園を訪れる人々の応対で忙しくされていたこともあって、女将さんとはお話をしたことはなかったのですが、今回は人影もまばらであったため声をかけていただけたことから、初めてお話をすることが出来ました。

DSCN3813m.JPG


そこで、今年は花の開花が遅かったのではと聞いてみると、3月末の寒の戻りのおかげで開花が遅れ、おかげでこの時期まで花がもったとのこと。
しかし、ここを訪れる人は、ほとんどの方が例年ならはもう花が散しまう時期だということをご存じなので、今はもうここに上がってくる人、少なくなってしまいまいましたねとのお話。

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そこで私も、「この花時期には毎年、出張の途中、ここに立ち寄り訪れているのだけど、今年は都合が合わずもう花はダメかと思い来てみたら、この情景、良かったです。ゆっくりと見させてください。」というと、是非奥の花も見て行ってくださいとのこと。

ということで、お言葉に甘え、農園の奥へ足を進めてみると、そこのあったのは!!!!



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プログレシッブ・ロックの夜明けを切り拓いたベーシスト達を偲んで Part.2 [音源発掘]

今回のお話は、再び音楽談義に戻って、前々回に引き続き「プログレシッブ・ロックの夜明けを切り拓いたベーシスト達を偲んで」 のPart2。

今回、登場願うアーティストは、昨年12月にこの世を去った、プログレシッブ・ロックを世に認知させた大名盤、King Crimsonの”In The Court Of The Crimson King”でデビューを果たし、その後、ロックにおける新時代のキーボードの道を開拓したKeith Emersonの主宰するEmerson, Lake & Palmerへ参加し、ロック史上における数々の名演を残したGreg Lake。

私が、Lakeを知ったのは、当時興味を持ってよく聴いていた ギターが大きな役割を果たしてたロックにおいて、キーボードをその中心据えたサウンドに挑戦していたKeith Emersonが、新しいバンド(Emerson, Lake & Palmer)を結成したことを知り、その作品を聴いてからのこと。

その最初の印象は、ベーシストとしての存在よりも、当時のロック界には珍しかった透明感とハリを兼ね備えた美しいヴォーカリストとしての存在だったことが思い出されます。

Emersonのクラシカルな佇まいを醸し出す美しいピアノと、その佇まいを壊すことなく美しく静かにロック・エッセンスを注入するLakeのプレイ。

そうした、EL&Pの魅力を知らされたのが、この作品。

emerson_lake_palmer.jpg


彼らのデビュー・アルバムである”Emerson, Lake & Palmer”でした。

この作品、EL&Pの作品としては、後の”Tarkus”や”Brain Salad Surgery(邦題:恐怖の頭脳改革)”などの、シンセサイザー駆使して迫りくるった全盛期の彼らの作品と比べ、地味な印象であまり多くを語られることが少ないように思えるのですが、それとは裏腹にアコースティックで繊細な趣のあるサウンドには、それら全盛期の作品とはまた異なった格別な魅力があるのではと思います。


そこで、今回最初の楽曲は、まずは手始めにこの作品から、

その格別な魅力、接して味わっていただくことにいたしましょう。








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春の風に誘われて! [閑話休題]

今年の桜、東京では例年より早い3月21日に開花宣言があったものの、その後は、冬に逆戻りしたような天気続きの毎日で、その桜の花も今にも咲きそうなピンクの蕾を膨らしながらも、もう一歩その殻を破り開くこともできず、毎日の通勤で四ツ谷外堀土手の桜並木の下を歩き通う私も、その様子を眺めながら、桜の花が樹木を覆い尽くすその日を待ちどうしく過ごしていたのですが..............。

しかし、それから1週間後。

ようやく春の暖かさが戻って来た日の朝、この陽気ならばあの固い蕾ようやく開き始めたのではと期待を持って、いつもの土手の並木道に来てみると、昨日まで今にも咲きそうに蕾を膨らませていた日影の一本の小枝に、やっと開くことが出来ました言わんばかりに、一輪の桜の花が、誇らしげに可憐な花を咲かせていたのです。

DSCN3468m.JPG


それに続けてさらに、日当たりの良い、道路際の枝を見てみると

DSCN3472m.JPG


こちらの方は、今にも開きそうな蕾を後に従えて、さらに多くの花を開かせていました。



そして、翌日の朝には、

DSCN3490m.JPG


まだ、咲く花まばらであるにもかからず、早くも、その開花を待ちに待った人たちのお花見を場所を確保しようとするブルーシートが、至る所に敷かれていたのです。

DSCN3486m.JPG


ようやく訪れた、春の日々。

そこで、私も今年は、いつもの四ツ谷外堀土手の桜から離れて、街の至る所に芽吹いるだろうと思われる春の気配を探し散策してみることにしたのですが。






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プログレシッブ・ロックの夜明けを切り拓いたベーシスト達を偲んで Part.1 [音源発掘]

今年1月末のJohn Wettonの訃報。

つい最近まで、自らが率いるASIAで精力的な活動を続けているという報を聞いたばかりだったのに、その突然の出来事に驚いたと同時に、思い起こされたのが、2015年6月以来、度重なるプログレシッブ・ロック創生期に活躍した名ベーシスト達の死。

2015年6月のChris Squire 、2016年12月のGreg Lake、そして今年の1月のJohn Wettonと 3人いずれもが70歳を前に相次いで他界してしまったことに、さらに大きな衝撃を受けてしまったのです。


そこで、これからは3回に分けて、その3人を偲び、その音楽の思い出についてそれぞれ語ってみたいと思います。

まず最初のベーシストは、2015年に亡くなったChris Squire。
ロックに交響曲的手法を取り入れたサウンドで一世を風靡した、プログレシッブ・バンドのYesの中核的存在として、そのサウンドの底辺を支え続けたことで知られるSquire.。

彼のベースの真骨頂は、バンドメンバーそれぞれが思うがままに奏でるサウンドのウェーブを、そのベース・で一瞬にして一つ壮大なウェーブに取りまとめ合体仕上げてしまう、その音造りの腕前の鮮やかさ。

あのQueenのベーシストであるJohn Deaconが、自身の目標としたという、その重厚なベース・サウンド。

メンバーの入れ替わりが多かったYesにおいて、20年ぶりの往年のメンバー集結による復活を果たした1996年のライブの模様を捉えた1997年に発表の、


Keys to Ascension.jpg


”Keys to Ascension”

そのライブ映像をご覧いただき、しっかりとサーチしていただければと思います。






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