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夢の共演アラカルト(Pop,Rock編) [デジタル化格闘記]

ゴールデン・ウィーク、皆さん、どうお過ごしなされましたか
私は、数年振りにゆっくり過ごすことが出来、じっくりと骨休みをさせてもらいました。

当初は、近場に出掛けようかなどとも考えていたのですが、連日あいにくの雨。
おかげで、そもそも人混みが好きでないせいもあって晴れた日も、腰を上げるのが億劫になってしまい、ならば長年溜め続けて来た、カセットの音源やビデオを整理しようと、その作業を開始したのですが,,,,,,,,,。


そこで、まずは何をデジタル化するか、書棚や押し入れにしまってあったテープを取り出して見てみると、久々に日の目を見たテープ群、これもあれも興味のあるものばかり。

とにかく、再生してその選定を始めてみると、これが面白い。

というのも、これらのライブ音源、CDでは滅多にお目にかかれない、ライブならではのミュージシャンどうしの共演記録が、次から次へと出て来たからなのです。

個人の技や個性を演奏で聴かせるジャズでは、その意外なミュージシャン同士の組み合わせが、思わぬ成果となって即興演奏に現てれる来ることから、こういった共演はよくあり、それがまた面白いのですが、スコアに書かれた曲の個性を大切にするポップ・ミュ-ジックやロック、ライブにも、そういった共演のものがあり、それがまたCDとは違った趣の演奏となっている点、またジャズとは違った面白さがあったのです。

即興演奏がなくても、それぞれのアーティストの個性が浮き彫りになってくる、
さすが一流どころの演奏は違う、というところなのです。

DSCN7948.JPG


そんな訳で、早速、デジタル化を開始。
はたまた、こんないい演奏、これを一人の物にしておくのはもったいないということで、今回その一部を公開することにいたしました。


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若き天才アルト奏者と亡きペトルチアーニとの共演:Francesco Cafiso:Concerto For Petrucciani [音源発掘]

今年なって聴いた作品、前々回は驚異の82歳ドラマーのお話でしたが、今回は、その逆。
驚異の14歳のアーティストのお話をしたいと思います。

そのアーティストは
昨年の年末に書いたこの記事→http://hmoyaji.blog.so-net.ne.jp/2011-12-28
、そこでお話させていただきましたが、その人は、イタリア出身のアルト・サックス奏者 Francesco Cafiso。
そこで、ご紹介したのは1989年生まれの今年23歳になるカフィーソ、その彼の17歳の時の作品でしたが、今回の作品はさらに驚くべきことに、2002年14歳の時のもの。

と書くと、14歳以下でも、凄い演奏家なんて一杯いるじゃないか14歳なんてそんな驚くことじゃないという声が出そうですが、ジャズの場合は、いわゆるアドリブがその命。

楽譜をしっかりと解釈し、演奏すればそれでいいというものじゃない。
その曲の主題を演奏した後は、その場で続けて即興的に、また違った歌を創り上げていかなければならない。
そこには、テクニックだけではなく鋭い感性と豊なイマジネーションがなければばらない訳なのですが、このカフィーソ、14歳にしてそのテクニックもさることながら、そうした才を兼備えている、驚くべきアーティストなのです。

昨年、そうした彼の演奏を聴いて完全にその魅力の虜になってしまった私なのですが、彼の評価を決定づけた日本のVenus レコードからの一連の作品を聴いた後、それ以前の作品を聴いてみたいと思い探した結果、大いに気を引かれたのが、
"Francesco Cafiso:Concerto For Petrucciani"という作品。.

”ペトルチアーニための協奏曲”、というタイトルにあるペトルチアー二とは、もしかすると99年に36歳の若さで他界したフランスを代表する世界的ジャズ・ピアニストのミッシェル・ペトルチアーニのことかと思い、さらに調べてみると、その作品、やはりぺトルチアーニの作曲した曲の演奏集だったのです。

(ペトルチアーニの記事はこちら→http://hmoyaji.blog.so-net.ne.jp/2010-02-06

ペトルチアーニがアメリカに居を移し本格的に活動を開始した80年代半ば、その頃からフェヴァリット・ピアニストの一人としてその音楽に接して来た私にとって、その彼の曲を、強い衝撃を受けた天才アルト少年が演奏している。

となると、どうしても聴かずにいられない。
年明け早々にそのCDを手に入れて、以来、聴き続けることになってしまったです。

Concerto For Michel Petrucciani .jpg


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J-POPにロックの風を吹き込んだ男達・GODIEGO HOT LIVE '79 本日の作品;vol.82 [デジタル化格闘記]

もうご存じだと思いますが、最近、自作のPVを記事に貼りつけていること。.
そもそもそれを始めた理由。

ここところ私の取上げる音楽記事、そこではその作品に因んだ曲を聴いていただこうと、それまでYOU TUBEの中をPVを探し貼りつけしていたのですが、最近は探してもないものがばかり。
仕方がないのでこのSO-NETのMP3機能を使っていたのですが、こちらはえらく容量を食う。

SO-NETに引っ越して1年余りで最大1GBのところ。瞬く間に500MB近くを使ってしまったのです。

これは大変と、何か別の方法に切り替えねばと考え、それならばいっそのことYOU TUBEに自作のPVを投稿して貼りつけることにようとして始めたのがきっかっけ。

3月に始めて以来2か月が過ぎようとしていますが、その中で一番アクセスをいただいているPVはというと。

それ、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、このPV、SO-NETブログではまだ未公開なのです。

そのPVのアーティストは、ゴダイゴ
銀河鉄道999”や”ガンダーラ”、”Monkey Magic”等の今でも高い人気のヒット曲で、お馴染みのグル―プですよね。

彼等が登場したのは1976年、日本にもやっとのことで確かなテクニックと音楽性を兼ね備えたロック・バンドが出て来たなと思って見ていると、それから2年後、TVドラマ「西遊記」でその主題歌”ガンダーラ”が大ヒット。

お茶の間にロックが入ったのは良かったのですが、同時に彼らの演奏は彼らの演奏は面白味のないものなってしまったように感じられたのでした。
そんな時期、彼らを見直すきっかけとなったのが、FM放送でオン・エアされたライブ。

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という訳で、まずはそのYOU TYUBEにも投稿した一番のアクセスをいただいている、彼らの全盛期を捉えたそのライブ音源から聴いて行きたい思います。




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老いてなお冴えわたるスティックさばき・Jimmy Cobb:Remembering Miles ~Tribute to Miles Davis~ [音源発掘]

いよいよ連休も始まり、今年はいつも連休の時には仕事が入る私も、上手い具合にスケジュール調整が出来たことから、久々にゆっくりとその恩恵にあずかれることになりました。
という訳で、早速記事を一つUpすることに。


そこでいつもの音楽話、今回の作品は、昨年の年末以来、聴き続けているお気に入りの一枚。

昨年このCDが発売されて、そのタイトルから聴いてみたい衝動にかられたものの、買うのか買わないかをかなり迷った末、最後に腹をくくってその購入を決めたもの。

その理由は、その作品、なんとそのアーティストの年齢、それが82歳という高齢での作品であったこと。
往年の名声にしがみついた、よれよれの演奏を聴かされるのではという心配がよぎり、もう一つ最後の決断を下せなかったのというのがその訳なのです。

そのアーティスト名は、Jimmy Cobb。

1959年Miles Davisの歴史的ジャズ作品”Kind Of Blue"、その作品の演奏したクインテットのレギュラー・メンバーとしてドラムを叩いていた、知る人ぞ知る有名ジャズ・ミュージシャンなのです。

その名ドラマーぶりは、マイルスの下でレコーディングした”Sketches Of Spain” ”Miles Davis In Person At The Blackhawk” ”Someday My Prince Will Come”や、マイルスのグループで共に演奏したピアニストのウィントン・ケリーの”Kelly Blue"やAutumn Leaves"、そしてマイルスのグループ退団後、そのケリーやベースのポール・チェンバースとのトリオを組み、ギターのウエス・モンゴメリーとのライブの様子をとらえた”Full House”や”Smokin' At The Half Note”等々、多くの名盤にその名を連ねているほどの大物ジャズ・ミュージシャンなのです。

その彼が、マイルスの下で初めて演奏したのは、1957年のこと。
突然の失踪癖で、演奏スケジュールをドタキャンを繰り返し、マイルス御大を悩ましていた前任者のフィリー・ジョー・ジョンズに替え、マイルスに呼びだされたのがそのきっかけだった言われています。

以後、1962年までマイルスのグループ在籍、その歴史的な名演奏群にドラマーとしてその重責を果たした彼でしたが、今回の作品は、マイルス没後20年となった2011年に、そのマイルスに捧げた作品の”Remembering Miles ~Tribute to Miles Davis~”。

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それでは、早速、御年82歳の名ドラマーのスティックさばき、聴いてみることにしましょうか。
曲は、”I'll Remember April;四月の想い出”です。

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不滅のカリスマ :T.Rex(Marc Bolan )・Electric Warrior[電気の武者] [音源発掘]

前回、久々に書いたCDアルバムの記事をUpしたところ、いきなり多くのアクセスをいただき、結構私の音楽記事を待ってる人いるのかなと、勝手に手前勝手な解釈をして。

そこで今回取上げるのは、前回のジョン・マクラフリンに同時期の60年代の終りに登場したロックのカリスマ、T Rex。
デビッド・ボーイとともにグラム・ロックという分野を作った彼ら、ギラギラしたルックスに顔には薄化粧という、当時のロック・ミュージシャンには珍しかった姿が、その音楽以上に大きな話題となっていたことが思い出されます。

そのルックス、今見ればけして派手なものには見えないないのですが、当時は硬派なイメージなロック・ミュージシャンが化粧をして出てくるというのは、かなり驚くべきことであったのです。
しかし、今思えばそれは、その後ヴィジュアル化の道をたどるロックのあり方を、このT・Rexがいち早く先取りし実践していたということだったのです。



ところが、こうしたT・Rex、私自身、当時ある冗談めいた評論、「何を今さら外国のグラム・ロックか。日本にはずっと以前から、化粧姿でギラギラ衣装の三波春夫という歌手がいる。」を読み、なるほどと思って以来、そのリフの繰り返しのような曲想もあいまってどうしても好きなれなくなってしまったのです。

そうした評価が変ったのは5年ほど前、TVで放送されたロック・ミュージック・ビデオの傑作”Born to Boogie ”を見てからのこと。

元ビートルズのリンゴ・スターの監督で話題になった1972年に発表されたこの作品、このT・Rexのリーダーでその音楽の核であったMarc Bolan のカリスマかつ個性的な姿を、ビートルズ時代、ミュージック・ビデオの制作でその映像手法を知りつくしたリンゴが、ごく自然かつ生々しくその個性を表現していたのを見て、新たな興味が湧いて来たことにありました。

そして手にしたが、このアルバム。
1971年の発表の”Electric Warrior”

日本では”電気の武者”と名付けられたこの作品、、本来彼らの最高傑作という評価は、その翌年の1972年に発表された”The Slider”であるという声が多いのですが、リアルタイムで彼らの登場を見て来た私にとって、そのセンセーショナルなデビューとその直後に訪れた人気フィバーぶりを生み出した作品として、どうもElectric Warrior”に対する思い入れの方が強いということから、今回は、この作品を選ぶことにしてみました。

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宴のあと・日々緑を増す都会の春によせて [閑話休題]

今週、あぁ、桜も終わりかと思いつつ、毎日通う江戸城外堀土手を歩いてみると、そこで見たのは、桜の花びらの絨毯が敷き詰められた淡いピンクの道。
そこには、つい先日までの花見の宴の賑わいが嘘だったように、いつもの静けさを取り戻した佇まいの中に瑞々しく潤いのある装いに着替えを済ました町の風景があったのです。

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それは、まるで美しい満開の花をめで来てくれた多くの人々への、桜の木からの感謝の気持をこめた贈り物のなのだろうか。

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時折見受けられる、日々力強く育って行く新緑に負けじと、けなげに咲く花の可憐なさまがなんとも印象的です。

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そんな、宴のあとに訪れた、力強い命の息吹に誘われて、お城の内堀の方へと足を伸ばしてみると、

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先遅れた花のピンクと伸び盛りの緑のコントラスト、そしてその伸び盛りの緑がお濠の水をエメラルド色に染め、生き生きとした命のオーラを放っている。

そんな自然の営みに触発されて、前回の記事で好評だったマクラフリン、デ・ミオラ、デ・ルシアのギター・トリオの”Manha De Carnaval(カーニバルの朝)”演奏をバックにして、こんなPVを作ってみました。




若やぐ空気が運んでくるもう一つの春の風景、引きこもりがちになっていた体の中に、新たな力が湧いて来るような、そんな気分になって来ました。

現代ジャズ・フュージョンギターのパイオニア:John McLaughlin・The Promise [音源発掘]

ここのところ、歴史記事やお宝音源の記事ばかりで。、気付いてみればCDアルバム関係の記事3/3以来、1ヶ月以上お無沙汰をしてしまっていました。

そこで今回は、その久し振りとなってしまっていた、CDアルバムのお話をしようかと思います。

そのアルバムのアーティストは、John McLaughlin。

60年代の後半に新しいジャズを模索していたマイルス・ディビスのグループへの参加で一躍注目の登場を果たしたマクラフリン、ジャズのギターの世界に新しいスタイルを築き上げ、その後のフュージョンへ道程の中で、多くのギタリストに影響を及ぼしたその第1人者として、記憶に留めておきたいアーティストの一人ではないか思い取上げることにいたしました。



ギターという楽器、元々ジャズの世界ではソロ楽器としては適さない楽器とされていたのです。
それは、ホーンやドラムといった楽器に較べ音が小さく、ソロをとってもそれらの楽器に音をかき消されてしまうということが理由だったようなのですが、そうしたギターにソロ楽器としての脚光が浴びだしたのは1940年代の初めこと。

それはアンプを利用することで、十分な音量確保出来るようになったことによるものでした。
そして、それは当時 現在のモダンジャズの元祖となったビ・バップの黎明期に登場した、チャーリー・クリスチャンの手によってその演奏方法が確立され、その後、クリスチャンの手法を継承する多くのギタリストが生れ50年代以降その隆盛を迎えることになったのです。

こうして、ソロ楽器としての道を歩き始めたギター、60年代になるとさらに新しい演奏の手法が試みられるようになります。
それは、60年代に力を増して来たロックの台頭。
ジャズの世界では、アンプはあくまで音量を増幅するためのもので、演奏者はあくまでギターをプレーするものであった訳ですが、ギターを楽器の主役としたロック・サイドのミュージシャンから、そのアンプを積極的に活用し新たな音響効果を創り出す道具として使う動きが出て来ることになったのです。

エリック・クラプトンやジミ・ヘンドリックスなどのミュージシャンがそれで、特にジミ・ヘンドリックスの場合は、アンプにかなりの拘りを持っていたといわれています。

そうしたロックで試されたギター演奏の新しい流れをいち早く取り入れ、ジャズの世界に持ち込んだのがJohn McLaughlin。
60年代の後半、マイルス・デイビスのグループのドラマーだったトニー・ウィリアムスのグループに参加し、その後トニーが、強力なギターリストを探していたマイルスに紹介、マイルスが初めてロックに挑戦した作品”In A Silent Way"のレコーディングに参加ししたことから彼の名前は全世界に知れ渡ることになったのです。


さて、そうして現代ジャズ・フュージョンギターのパイオニアともいうべきギタリストになったジョン・マクラフリン、今回取上げる作品は1995年発表の”The Promise”。
マクラフリンの歩んできた音楽世界を集大成ともいえるこの作品を、御一緒に聴いて行きたいと思います。

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さくら さくら(春本番?・・・・・追記) [閑話休題]

先週1週間は、インフルエンザでダウン。
おかげで外にも出れず、昨日久々に出勤すると、毎日通る江戸城外堀土手の桜は、満開。

9日前は、まだ固く蕾を閉じていたのに。

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夕方、土手の上を歩いて見ると、すでにお花見をする人で、いつも静かな土手の上は大賑わい。
昨年の自粛ムードはどこへやら。

やはり、日本の春はこうでなければ!! 

元気が出ませんよね。

さて、そんな今年の桜の風景、こんな音楽でというのはいかがでしょうか。





江東の街を歩いていて、裏路地に回ってみると、川のほとりに遊歩道が。
そして、その遊歩道沿いに咲く桜、水とのコントラストがとても綺麗だったので、その写真をPVに追加してみました。

あとで分かったのですが、その桜に包まれた川を船で下る、さくらクルーズなるものがあるのだとか、来年は是非ともチャレンジしてみたいものだと思いました。



PS
上の動画をUpした翌日、東京の府中市に行くと

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街角にチューリップの花が。

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考えてみれば4月も中旬、桜の開花は遅れたけれど、チューリップは例年通りということなのでしょうかね

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春爛漫の東京、ところがさらに昨日(4/14)、三国峠を越え新潟県の魚沼市に行ってみるとこちらは、

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人の歩く場所は除雪されているものの、他はまだまだ一面の銀世界。
さらに、山の麓に行くと

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真冬真っ盛りの風景。
200kmしか離れていないのに、太平洋側と日本海側ではこれだけの季節の差があるということなのですね。

今も、江戸庶民の賑わいが宿る場所;本所・深川その3 いざ討入りの場所(吉良邸)へ [歴史散策]

は、門前仲町駅から、ふと思いたった吉良邸への道中で見つけた、馬琴の誕生地、そして松平定信公の墓所、そこに寄り道しているうちに時間を忘れ思いのほか長居をしてしまいましたが、今回はいよいよ、目指す吉良邸に向かってゴー!!


ところが、この吉良邸の場所、実は1年半前にJR両国駅前で見た案内地図の記憶しかないのです。

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覚えているのは、JR総武線の線路を挟み両国国技館の反対側を走っている国道14号線を渡って、ちょっと奥まったところにある公園がその所在地ということぐらい。

他には住所ももわからず地図もなし。
そこで、路上にある街路地図見つけたら、その地図から公園を見つけ出し軒並み訪れ探すしかあるまいと覚悟を決めることに、

まずは、現在いる清澄通りの東側では両国駅からちょっと離れている、ということでとりあえず西向かって出発することにしたのです。

それにしても、討入り際して用意周到な準備をしてその目的に挑んだ大石内蔵助、それに対しその同じ場所へ向かう我身の余りにも無計画な様、ちょっといいただませんね。[いい気分(温泉)]









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So-net ブログ1年の締め括り [閑話休題]

So-netブログにやって来て早いもので、もう1年。

当初は、PLAYLOG時代と打って変わりその訪問者の多さ、元々自分の聴いた音楽の備忘録的な意味合いでブログを始めた私にとって、これはかなり驚異だったのですが、最近ではそれも遠い過去の思い出のようになってしまって。

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今や、皆さんのご訪問を楽しみにしながら、なんともマイペース極まりない記事を書き綴らせていただいている次第。

そうした私の記事、1年の締め括りの意味で、どの記事が多く読まれているのかとそのベスト10を拾ってみることにしました。

その結果は、

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